Birthday Story 犀川 巴瀬

俺の誕生日の前日。シェアハウスの中は、どこかの誰かのせいで、うるさいくらい賑やかだった。
「明日は何の日か知ってるかい、プリンセス? そう、ともちゃんの誕生日なんだ!」
「かあちゃん、明日のご馳走は豪勢に頼むよ! なんたってともちゃんの誕生日だからね!」
「とうちゃんは、ともちゃんへの誕生日プレゼントはもう用意したのかな? え、まだ!? それはいけないよ!」
「やーめーろー!」
「もがっ……!」
住人ひとりひとりに明日は俺の誕生日なんだと触れ回る朱鳥のうるさい口を、俺は強制的に手で塞ぐ。今日の朝からずっとこんな調子なのだ。本当に頭が痛い。
「はは……。大変だね、巴さん」
「まったくだよ……。なんで、俺の誕生日なのに、朱鳥のほうが楽しみにしてるんだか……」
はぁと俺が大きなため息を漏らせば、燈火が不思議そうに首を傾げた。
「逆に巴瀬は自分の誕生日なのに、楽しくなさそうな顔してるよな」
めでたいことなのに、何でそんなに嫌なんだ?という燈火の問いに、俺は当たり前のことを答える。
「こういうのは、ひっそりでいいんだよ。今更、盛大に祝われたい歳でもないし。第一、俺の誕生日自体どうでもいいことだし」
「そんなことない!」
俺の手を振り切った朱鳥が、大声で俺の言葉を遮った。
「ともちゃんの生まれた日なんだよ? オレとしては国民の祝日になっていないのが不思議なくらいさ! よし、何なら今から国に掛け合って……ぐふっ!?」
「だーかーらー! いちいち大袈裟なんだよ、お前は!」
「ふ、ふふ……ナイスチョップだったよ、ともちゃん」
後頭部へのチョップをまともに受けた朱鳥は、それだけを言い残して床に倒れ込む。ほらもう……朱鳥のせいで燈火も嘉月もあの子も困った顔してるじゃないか。
「まぁ、巴瀬の言いたいことも分かるけどさー。朱鳥ほどじゃねーけど、オレらも祝わせてくれよな。せっかくの誕生日なんだし」
燈火の言葉に、俺は「ありがとう」とありきたりな言葉しか返せず、また大きなため息をつかずにはいられなかった。


そして、誕生日当日。
結局、ひっそりでいいという俺の希望は通ることはなかった。
打ち合わせから帰るなり盛大なクラッカーで出迎えられ、家中に盛大な音楽が鳴り響き、机に乗りきらないほどの豪勢な食事、その上やたら大きなプレゼントまで貰ってしまった。
シェアハウスの住人全員から全力で祝われたあと、俺はその賑やかさから逃げるように縁側まで来てきた。窓を開ければ、涼しい夜風が酒で火照った顔を冷ましてくれる。
そのまま座り込んで、一人の時間に浸っていると背後から誰かの気配がした。
「……ともちゃん、疲れちゃった?」
誰かと思って俺が振り返れば、そこには珍しくしゅんとした表情を浮かべる朱鳥がいた。朱鳥の手には、瑞々しいスイカの乗ったお盆がある。
「疲れた。だから、俺の時はそんなに祝わなくてもいいって毎年言ってるのに」
俺が苦言を呈すれば、朱鳥はますます表情を暗くして「ごめんね」と謝った。
「でもまぁ……ご飯は美味しかったし、プレゼントもいいものを貰ったし。何だかんだ、お前やみんなに祝ってもらって楽しかったよ」
こういう誕生日も悪くはない、そう俺が付け加えれば先程まで地の底のような顔をしていた朱鳥の表情が見る見るうちに明るくなっていく。
「……小さい頃、決めたんだ。ともちゃんの誕生日は、どんなことがあってもオレが誰よりも祝うんだって」
朱鳥は俺の隣に腰かけると、夜空を見上げながらぽつりと呟く。
「……何で?」
「さぁ……何でかなぁ」
いつもなら聞かれてもいないうちから喋るくせに、俺が聞いても朱鳥は小さく笑うだけで答えようとしない。
だけど俺はそれ以上詮索することなく、朱鳥と同じく空を見上げた。よく晴れていることもあって、夜空の星々がはっきりと見える。
「まぁ……今日はたくさん祝わってもらったし、仕方ないから朱鳥の誕生日も祝ってあげるよ」
俺はそう言って、お盆の上のスイカを手に取るとそのままかぶりつく。気がつけば、朱鳥は空ではなく俺の方を向いて、心底嬉しそうに笑っていた。

MaStar☆Up!!