縁側の夏祭り

うだるような暑さが続く、夏の午後。
 私は予定が入ってないシェアハウスの面々とお昼を食べて、嘉月と一緒に食器を片付けたあと、リビングでゆっくりしていた。クーラーの効いたリビングは心地よくて、私がついソファーの上でうとうとしようとしていた、そのときだった。
「あーー!!」
 突然の燈火の叫び声が、リビング中に響き渡る。そのせいで、私の睡魔はあっという間に飛んでいってしまった。
「な、なに……ビックリした。どうしたの、燈火」
「今日って何月何日!?」
「えっと、八月二十三日だけど……?」
 いきなり記憶喪失になった人みたいな事を言う燈火に、私はそのまま今日の日付を伝える。すると、燈火は低く唸るような声を出した。
「あと一週間で八月が終わるじゃん! 今年、夏っぽいこと何にもできてねぇのに!」
 燈火のその言葉で、もう夏が終わる時期なのだと気がついてしまう。確かに、私も今年の夏は大学の夏期講習と、シェアハウスでの諸々で夏らしい遊びはしていないなと思い返す。
「確かに、今年はあんまり夏っぽいことはできなかったね」
 そんな燈火の主張に同意する形で、嘉月が会話に混ざってくる。
「そうそう、先月は七夕やったけどさ! 八月は仕事行って、帰ったらクーラー聞いた部屋でダラダラしてるくらいだったし」
「まぁ、今年は暑かったからね……。あんまり暑いと、どこかに出かけようと思えないし。僕も今年は学校と家の往復だったなぁ」
「あ、嘉月も? 実は私もだよ」
「やっぱり、これだけ暑いとね。帰ってから出かける気力もなくって」
「だからさ! 今からでも夏っぽいことしようぜ!」
 燈火の突然の提案に、私と嘉月は思わず顔を見合わせる。
「夏っぽいこと……それって何をするの?」
「それを今から考える!」
「はは……燈火君らしいね」
 要は燈火の完全な思いつきなのだが、確かにせっかくの夏なのに、暑さに負けていただけというのは面白くはない。隣を見れば、嘉月も乗り気のようだ。
「でも、今から出来ることってなると、限られてくるよなぁ」
「できれば、シェアハウスのみんなと一緒にやれることがいいな」
「じゃあ、みんなが帰ってくる夜にならないとね。それまでに準備できること……」
 三人であれこれと話し合っていると、ふいにリビングのテレビが消える。見れば、先程まで何も言わずにテレビを見ているだけだった侑巳が不機嫌そうに立ち上がるところだった。
「……バカバカしい。何しようが勝手だが、俺は参加しないからな」
 それだけを言い捨ててリビングを出て行こうとする侑巳に、私は慌てて声を掛けて引き留めた。
「待って、侑巳! どこ行くの?」
「部屋。ここに居たら、勝手に巻き込んできそうだからな」
「はーーー、お前って本当に協調性ないよなー?」
 燈火のため息交じりの嫌みに、侑巳の心底嫌そうな視線がぶつかる。
「……うるさい。だいたい、夏っぽいことなんてしなくても、お前の頭は常時夏祭りみたいなもんだろ?」
「はぁ!? 誰の頭が夏祭りだって!?」
「自覚がない分、手に負えないな」
 またいつものように燈火と侑巳の言い合いが始まってしまい、私はどうしようとばかりに嘉月の方を見る。だが、嘉月は目の前の言い争いなど見えていないように何かを考えていた。
「夏祭り……うん、夏祭り! いいんじゃないかな!」
「どうしたの、嘉月……?」
「ねぇ! これからさ、うちでプチ夏祭りをしようよ!」
 嘉月の提案に、三人分の気の抜けた声が重なった。


「じゃあ、僕と侑にぃは夕飯の準備をするから、君は簡単に縁側の掃除をしてきてくれないかな。燈火君は物置にあるはずのタコ焼き機を探してきて欲しいんだけど。……ほら、去年の忘年会でもあちゃんが当ててきたやつ」
「う、うん!」
「分かった、アレだな」
 嘉月がテキパキと私達に指示をしていく中、未だに侑巳は不満そうな顔をしていた。
「だから、俺は参加しないって言ってるだろう」
「でも、今日の夕飯は侑にぃと僕が当番だよ? どちらにしろ、夕飯は作らなきゃいけないんだからね」
 嘉月の言い分に、侑巳は言葉の代わりに盛大な舌打ちで返答する。相変わらず、嘉月は侑巳の扱い方が上手いので感心してしまう。

 分担された仕事のため縁側に行き、私は雑巾で床を水拭きし始める。窓の外の太陽は未だに眩しいが、水に浸した雑巾の冷たさのおかげで大分涼しく感じる。
 床をまんべんなく吹き終わり、窓拭きもある程度終わった頃、ふと私が窓の外を見ると既に日は傾き始めていた。そして、家の中に漂う、ソースの香ばしい匂いに気がつく。その匂いに誘われるように、私は掃除用具を片付けると、キッチンの方へ足を向けた。

「わぁ、おいしそう!」
 キッチンに並んでいたのは、焼きそば、お好み焼き、フランクフルトにタコ焼き……夏祭りの屋台のご飯ばかりだった。
「あ、掃除お疲れ様。今、麦茶出すね」
「ありがとう、嘉月。これ、全部嘉月たちで作ったの?」
「まあね、どれもそんなに難しい物じゃないし。あとはそれぞれ透明なフードパックに入れたら、縁側でも食べやすいし、お祭りっぽくなるかなーと思って」
 嘉月から冷たい麦茶を受け取りながら、私は名案だと大きく頷く。
「私、次は何を手伝えばいい?」
「じゃあ、リビングの方で燈火君がタコ焼きを焼いてるからそっちを手伝ってきてくれないかな? 僕は侑にぃとおつまみ用にあと二、三品作るから」
「うん、分かった」
 麦茶を飲み干してから、私は燈火のいるリビングへと向かう。そこには真剣な表情でタコ焼き機と向き合う燈火の姿があった。
「燈火、手伝いに来たよ」
「おー。じゃあ、オレが焼いたやつをパックに詰めていってくれよ。皿の上に載せてあるから」
「うん。――ってこれ! 全部燈火が焼いたの!?」
 皿の上に積まれていたタコ焼きはどれも形が整っていて、表面がこんがりとキレイに焼けている。
「はぁ? オレじゃなかったら、誰が焼いているんだよ」
「だって、燈火こういうの苦手そうなイメージあったから……」
 だけど、そう言われてみれば、ピックでタコ焼きをひっくり返してく燈火の手つきは鮮やかで、手慣れているように見えた。
「あのなー、お前の中でオレのイメージってどうなってるんだよ。タコ焼きくらい焼けるって。――なんなら、味も確かめてみろよ。ほら、口開けろって」
 そう言いながら、燈火は焼けたばかりの一つを私の口に放り込む。当然、口の中は熱さが広がって私はしばらく悶絶したが、燈火が焼いたタコ焼きは表面の食感はカリっとしているのに、中の生地はとろっとしていて、とても美味しかった。
「な、うまいだろ?」
 私がこくこくと頷いて返答すると、燈火は「嘉月と侑巳には内緒な」と満足そうに笑った。


 そんな感じで、屋台ご飯の準備も順調に進み、外に出ていた住民達も次々に帰ってくる。
 洋平さんが買ってきた缶ビールと缶チューハイは氷水を張ったクーラーボックスに。巴瀬さんと朱鳥さん二人で買ってきてくれた大きなスイカは流し台で冷やして、もあさんの買ってきた花火は食後に一緒にやることになった。
 全員が揃ったことで、ようやくシェアハウス内のプチ夏祭りが始まった。

 
 各自好きな食べ物を選んで、好きなところで食べる形式の夏祭りご飯は住人達にも好評だった。私が目を向ければ、縁側にはもあさんと羊平さんが缶ビールで乾杯していて、庭では先に食べ終わった朱鳥さんが早速花火を開け始めて、巴瀬さんに軽く叱られていた。
「なぁなぁ! これ食べ終わったらさ、線香花火で勝負しょうぜ」
 隣で焼きそばを食べていた燈火がふいにそんな提案をする。
「線香花火を全員で一斉に火を付けてさ、誰が一番長く残るか競争するやつ!」
「それ、面白そうだね」
「俺はやらない」
 私が乗り気で返事をした横で、お好み焼きをつついていた侑巳が素っ気なく答える。
「お前、本当に付き合い悪いなー!」
「ふふ、じゃあ侑にぃの代わりに僕が参加しようかな。だけど、その前に、スイカ切ってきたから一緒に食べよう」
 キッチンに戻っていた嘉月が、大きなお皿に盛られたスイカを持って帰ってくる。みんなが我先と手を伸ばす中、私もその中の一切れを手に取った。
 赤い三角のてっぺんをかじると、瑞々しい甘さが口の中に広がっていく。夜の庭は昼間と違ってとても涼しいが、自由気ままなみんなのおかげで昼よりも賑やかだった。
(こういうのも、いいよね)
 最初は燈火の気紛れな思いつきだったけど、結果としてみんなが楽しんでいる姿を見て、私の顔から自然と笑みがこぼれていた。
 できることなら、お兄ちゃんにもこの光景を見て欲しいな。私は今はどこに居るか分からない兄のことを思い出しながら、頭上に煌めく星空を見上げるのだった。

テキスト:旭キリン