星屑ヘリオグラフ

これからの始まり
時計が指すのは深夜未明と言っても差し支えない時間。いつもであればとっくに眠りについている時間だったが、今日ばかりは勝手が違った。
家族に「あけましておめでとうございます」と告げてから数時間がたった。彼女はコートを羽織り、首元にはマフラーを。玄関を開けると、冷たい風が吹き込んできた。
南の島、とは言っても冬の深夜ともなれば冷える。まとわりついていた眠気も吹き飛ぶような寒さに、くしゃみが一つ。
「う~、でも行かなくちゃ……!」
彼女は後ろ髪をひかれながらも、一歩を踏み出した。

*

待ち合わせ場所である二丁目の交差点に行くと、すでに昴と波智、それから理音がいた。
「もう着いてたんだね」
声をかけると、あくびを噛み殺しながら昴が口を開いた。
「みんなちょっと前に着いたんだよ」
「そうなんだ。あんまり遅くならないでよかった……ってそうだ。あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします!」
「ん、あけましておめでとうございます」
「おー、今年もよろしくなー」
彼女が年明けの挨拶をすると、皆も口々に挨拶をした。
「昴、眠そうだね。私は年明けてからちょっと仮眠したんだけど……ずっとゲームして起きてたの?」
「まあね」
昴は二学期の終業式後に、「冬休みはこれをやり込むんだ」と言いながら新作ゲームを買っていたのだ。
「結構進んだの?」
「中ボスまで行ったから、あとはラスボス倒すだけかな。でもあのゲーム、二周目からのやり込み要素が凄いんだよ」
「そうなんだ~。今度昴がやってるところ見てみたいな」
「機会があったらな」
と、そのタイミングで波智がぶるりと身を震わせる。
「にしてもさみーなー」
「波智は薄着すぎるんだよ」
「身体動かせばあったかくなるしいけるかなーと思ったんだけどやっぱ冷えてきたな」
そんな波智は、他のみんなと比べると比較的薄着だ。どうやら家からトレーニングもかねて走ってきたらしかった。
見ているこちらが寒くなりそうで、彼女はお節介をしていると思いながらも声をかけてしまう。
「……マフラーいる?」
「そこまでじゃねーよ。それに、お前のが寒いだろ」
「そうだけど、波智も風邪ひかないでね?」
「へーへー」
なんて波智と話していると、理音から文句が飛んきた。
「大体なんでオレまで呼ばれてるわけ?」
「理音も写真部だからだろ」
「オレは星真がいるから入っただけで、部活動したいわけじゃないの」
「理由がどうであっても、理音君が写真部なのは変わりないよ。って、理音君ってもしかして寒がり?」
ぶつぶつと口を尖らせている理音は、セーターにコートとマフラー、手袋まで装備していて完全防備だ。
「んー、まあそういう感じ」
理音は煮え切らない返事をしたが、彼女はそれには気付かずに口を開いた。
「でも東京よりはあったかいんでしょう?」
「あっちはもっと寒すぎるの!」
「そっかぁ……東京かあ、行ってみたいなあ」
星海の想像する東京は、とにかく人が沢山いて、素敵なもので溢れている場所だ。星はあまり見えないというけれど、それでも一回は行ってみたい、そんな場所。
「別にそんないいとこでもない」
言葉と共に会話に入ってきたのは星真だった。
「星真君も来てくれたんだね!」
「波智が来いってうるさいから」
「そう言わないと星真は来ないだろー?」
星真は俯いて目を逸らす。それは肯定を示していた。
「……神流は?」
話題を逸らすように写真部の顧問の所在を訪ねられると、昴は苦笑を浮かべた。
「昨日の夕方に電話したんだけど繋がらなくてさ」
その言葉を引き継いたのは波智である。
「年越してからもう一回電話したけど、それでも出ないし」
常より携帯を不携帯しているような夕月のことだ。今もう一度かけても、きっと電話には出ないだろう。
「かんちゃんがいないのは残念だけど……とりあえず行こうか」
「だね。早くしないと混むと思うし」
顧問不在のまま、写真部五人はある場所に向かうことにした。

*

星波島の中で一番大きな神社は人で賑わっていた。一年で一番賑わう日と言っても過言ではないだろう。もともとさほど大きくない島だからか、あちらを見ても知り合い、こちらを見ても知り合いばかりだ。おかげで、少し歩くごとに立ち止まっては挨拶をしていた。
「お、あそこに山下のじーちゃんがいる」
「ほんだー、挨拶に行かないと」
写真部四人で連れ立って少し遠くにいたご近所さんのところに行こうとした時だった。
社務所の奥にある集会所から、ひょっこりと知った顔が現れたのは。
「……かんちゃん?」
「あれ? みんななんでいるの?」
一升瓶を片手に、頭の上に疑問符を浮かべている写真部顧問その人だった。
常からだらしないが、今日は一段どだらしない夕月の姿を目に止めて最初にため息をついたのは、昴である。
「なんでいるの、ってこっちの台詞だよ」
「昨日の夕方から電話かけても出ないし」
波智までため息をつくが、夕月はのほほんとした顔を斜め上に向ける。
「昨日の夕方……ああ、丁度夕方あたりに鈴木のおじいちゃんから酒盛りをしてるからおいでって声をかけられたんだよね」
今は空になっちゃったから、次の一升瓶持ってこようと思ってたところなんだ、と夕月は微笑んだ。
連絡が取れなったのは昨日から飲みどおしだったかららしい。夕月らしい、とみんなは息を吐いた。
「ねえかんちゃん、今からみんなで参拝しておみくじを引くんだけど一緒に行こうよ」
夕月は、手にしていた一升瓶をちらりと見てから頷いた。
「そうだね、行こうかな」
「さっきまで飲んでたんでしょ。抜けていーわけ?」
「もうずっと飲んでるから、きっとちょっと抜けても分からないよ。それに酔い覚ましは必要だよね」
「んー、そんなもんなのか?」
「そうそう、そう言うものなの」
こうして、写真部勢ぞろいとなって本殿に向かうことにした。

「まず鈴を鳴らして……それからお賽銭を入れるんだよね?」
「そうそう、それが終わったら二礼二拍手一礼、かな」
「はーい昴先生」
みんなは昴の行動を真似て、参拝をする。それが終わると、今度はおみくじを引くために社務所に向かった。
人込みをかき分けて社務所に着くと、百円を木箱の中に入れた。おみくじ筒に手を伸ばして番号の書かれた棒を順々に引いていく。皆異なる番号を引いたようで、次々に番号を巫女さんに伝えて、おみくじを受け取った。
「おみくじってちょっとドキドキするよね」
「せーので一斉に開けようぜ」
「さんせー」
波智の「せーの」の声で、五人は一斉におみくじを開く。各々、引いた運勢を見て声を上げていた。
「わ! 大吉だ!」
彼女のひいたおみくじの「運勢」の欄には、「予期せぬ新たな変化が訪れるが、恐れずに一歩踏み出すが良し」とある。その言葉は具体的ではなかったけれど、それでもすとんと彼女の中に落ちてきた。
「えーと……これからも頑張ればいいってこと、かな? 多分」
いつもと変わらない日々がこれからも続くと思っていた。
けれど、星真に学校に来てもらうために三人で始めた写真部も、星真と理音と夕月が加わって六人になった。六人で描く「これから」は去年よりももっと鮮やかだということを、おみくじが教えてくれる。
「うん、きっと今年も良い一年になりそう……!」
何の根拠もないけれど、みんなと一緒ならばそうなるような気がしていた。
彼女は心を躍らせながら、みんなの運勢は何だったのかを聞きに行くことにした。

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