starlit blue topia

Smoking time

叶亜は、依空を探していた。ジャケットデザインの打ち合わせが終わってから20分。
いつもならば、打ち合わせ後には一服していることが多いから、喫煙所だろうか。
携帯を片手に喫煙所に向かえば、叶亜の探し人はぼんやりと宙を眺めていた。
「依空いた」
「叶亜? なんかあったか?」
「今、この前使ったスタジオのところから電話がかかってきたんだ。日曜日に予約が取れました、って」
煙草を咥えている依空に電話の内容を伝えると、思い出したかのようにその話か、と頷く。
「僕、その話聞いてなかったよ……!」
「あー……。確か細かいことはうちのサポート兼マネージャーの叶亜にって言ったような気がする。悪い、伝え忘れてた」
頭をがしがしと掻きながら依空は謝罪した。
「もー。別にいいよ、驚いただけだから。依空のことだから、まだみんなには伝えてないんでしょ」
うん、と自信満々に言うものだから、毒気が抜かれて叶亜も怒ることが出来ない。依空らしいと言えば依空らしい。
携帯を手にしていた叶亜は、早速メンバーにその情報を伝えることにした。メッセージを送れば、すぐに「既読」の文字が表示される。
「あ、みんな見てくれたみたい」
「さんきゅ」
「亜蘭がもっと早く言えってさ」
「悪かったって伝えといて」
「はいはい。『依空が悪かったって言ってるよ』で良いよね」
「おう」
依空はリーダーとしてスタブルを知ってもらう活動に尽力することが多く、顔の広さを武器にスタブルを引っ張っている。一方の叶亜は、そのマネジメントをすることが多い。
スタブルが出来てから、そういう風にして回ってきていた。
どちらが欠けても、上手く回っていかないことを二人は知っていた。
「それにしてもびっくりしたよー。今回は問題なかったからいいけど、次からは一声かけてくれると嬉しいかな」
「了解♡」
叶亜はいつもどおりの依空の表情に、安心したように息を吐いた。
「ね、それ一本頂戴」
「いいけど、叶亜にはキツいかもな」
叶亜は依空が咥えている煙草を指差せば、依空はポケットに突っ込まれていた黒い煙草の箱とライターを手渡した。
「そうかな? たまにキツめのも吸ってるよ。依空の前で吸ってないだけ。それにしても……依空にしては珍しいの吸ってるんだね」
「あー……この前もらったんだよ」
「もらった、ね。頂くね。ありがとう」
煙草をとんとんと叩き、口に咥えてから慣れた手つきで火をつける。大きく息を吸えば、先端がちりちりと赤く染まり、そして黒に変わる。叶亜は溜息に似た息を煙と共に吐き出した。
「凄くしみるね……」
「久しぶりに酒飲んだみたいな顔になってるぞ」
「顔は赤くなってないでしょ?」
「まあな」
依空は灰を灰皿に落として、もう一度咥えた。煙が空間に広がる。
「そういや最初お前が吸うって知った時はちょっと驚いたな」
「そう?」
「有貴もだけどさ、お前ら吸わなそうなイメージあったし。……あーいや、有貴はどっちかって言うと嗜んでるって言った方がいいか」
「有貴の場合、普通の煙草よりも水煙草っぽそうだよね」
「分かる分かる。叶亜は……どっちかって言うと今流行りの煙が出ないやつかなー。まあ吸ってないイメージの方が強いけど」
みんなにそう言われるんだよね、と叶亜は首を傾げる。
「そういう顔してるのかな……?」
「なんかこう、人畜無害ですって感じの顔?」
それってどんな顔なの、と叶亜は頬に手を当てた。
「人畜無害って……。依空みたいに女を泣かせてそうって言われるよりはいいけど」
「おい!」
依空が思わずツッコミを入れる。
「うーん、やっぱりあんまり吸わないようにしなくちゃ……。亜蘭が見て真似したら困るって言うのもあるけど」
「あいつがお前のこと真似するようには見えないんだけどな」
依空が知る亜蘭は、ギターに一途な熱い男だ。……叶亜に突っかかることも多いが、スタブルとして問題なく活動できればそれでいいと思っている。そのために叶亜と亜蘭が円滑にいくように立ち回ることもあるけど、それ以上彼ら兄弟の間に踏み込むのはお門違い……というか面倒だ。
「ああ見えても昔は僕の真似ばっかりする子だったんだよ。色んな楽器を触る僕を見て、同じように触ってたし。今はギターしか触ってないみたいだけどね。みんなは知らないと思うけど、亜蘭のピアノも綺麗な音なんだよ?」
どんなに髪色が変わっても、鋭い視線や言葉を投げつけられても、冷たい態度をとられても、叶亜にとって亜蘭は昔から変わらず大事な家族だ。Aranとしてギターを持っていても、どこかに弟としての亜蘭を見ているのかも知れなかった。
「そんなもんなのか」
「もー、依空割とどうでもいいって思ってるでしょ」
「……そんなことない、そんなことない」
叶亜は短くなった煙草を灰皿に押し付けて、もう一本ちょうだい、とねだった。
その言葉を受けて煙草の箱を開けて中を確認すると、依空は眉をひそめる。
「あ、わり。これで終わりだ」
「それならいいや。後でコンビニ行って買ってくるよ」
「ん。それにしてもほんと今日はよく吸うな」
「そういう気分なんだよ」
誰かさんのせいで驚いたこともあったし? と依空を見れば、依空はばつの悪い表情を浮かべた。
「悪かった悪かった。そんなに溜まってんならこの後飲みに行くか? 今日はバイトもないし」
「じゃあそうしようか。ちょっと飲みたい気分かも」
依空は吸っていた煙草を灰皿に押し付ける。二人で未だ煙がくゆる喫煙所を後にした。