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Sweet Valentine's Day

スタジオでの練習も終わり、丁度良い時間だったのでみんなで夕食を食べることになった。メンバー五人でスタジオ近くの馴染みの中華屋に入り、各々食べたいものを注文する。
店員が注文を復唱してから去っていくと、依空が口を開いた。
「にしても、バレンタイン間際に男同士で集まってるとはなー……」
依空はため息にも似た息を吐く。不満だらけだ、というニュアンスがにじみ出る言葉に、依空の隣に座った亜蘭は不機嫌そうに声を上げた。
「んだよ」
「考えて見ろよ。一年に一度のバレンタインだぞー? 何が楽しくて野郎同士なんだよ。女の方が良いに決まってるだろー」
「くだらねえ。そもそも今日は練習なんだから女がいないのは当然だろ」
「そりゃそうだけどさー」
依空は手元の水をぐっと煽って頬杖をついた。
「やっぱ女がいた方が場が華やかになるし! それに!」
「それに?」
「何より俺が楽しい」
「……」
その言い分に、叶亜ですら飽きれ交じりに苦笑していた。依空らしいといえばそれまでだったが。
依空は頬杖をついていた腕を変えて、メンバーに問いかけた。
「で、で、みんなは今までのバレンタインはどうだったんだー?」
食い気味な依空の言葉に、分かりやすい反応を返したのは亜蘭だった。舌打ちがはっきりと聞こえる。
「んだよくだらねーこと聞きやがって。どうでもいいだろ」
「いやいや、良くないだろ。折角のバレンタインだし~?」
何が「折角の」なのかは分からなかったが、関わったら面倒だとでも思ったのか、依空の勢いに亜蘭は口を閉じた。
「どう、っていうのは?」
「んー、どんな風に過ごしてきたのかなーってさ」
「いろんな人から食べ物貰えて俺しあわせ」
「新らしいよね。すぐに想像できるもん」
「で、不機嫌そうにしてる亜蘭は?」
「……」
不機嫌そう、という言葉に返事を返さない辺り、正しいらしい。
依空の言葉に、メンバーの視線が亜蘭に向く。その興味交じりの視線から、逃げ切れないことを察して溜息を吐いた。
「別に。最終的に菓子食いまくるだけだし」
いつも通り、と言った様子の亜蘭と新に、依空は納得の表情を浮かべた。
「成程なー」
「そういう依空はどうなの?」
「んー、俺? 俺は……色んな子からオイシイの貰えてうれしいなって
どこか含みのある表情。亜蘭や新と同じことを言っているはずなのに、どこか別のものを感じてしまうのは、それを口にしたのが依空だったからだろう。
「しばらくは貰った奴食えばいいし、それ以外も色々な。で、さっきから俯いてる叶亜はどうなんだよ」
「僕!? 僕の事は……いいじゃん。それより、ちゃんとお返しするんだよ?」
「相変わらず叶亜は真面目だなー」
「普通だよ~! 依空が雑なだけ!」
へいへい、と叶亜の言葉を流す依空を見て、叶亜はさらに「も~!」と膨れた。
そんな叶亜をスルーして、先程から静観を決め込んでいた有貴に視線が向く。
「てか有貴のそれ、誰に貰ったんだよー」
「依空は誰だと思う?」
「んー……」
依空は腕を組んで考え始めるが、これという人物が浮かばないらしい。
……それは、有貴にチョコを渡す人物が誰もいないからではなく、沢山いるから絞り切れないからだったが。
「分からない。お手上げ。降参。正解は?」
「そうだね……」
有貴は手にした紙袋を開け、そのまま包装もはがしていく。ピンク色のチョコを一つ手にしたかと思うと、小首をかしげながら口を開いた。
「新、口あけてみて?」
「?」
「はい、あーん」
「あーん……」
有貴の言葉に、隣に座っていた新は口を開く。開いた口の隙間に、有貴はチョコレートを押し込んだ。新はそのままチョコレートを小動物のようにもぐもぐと食べている。
「……! 美味しい」
「そう言ってもらえて良かった」
有貴はほっとしたような表情を見せた。それに対して、渋い表情をしていたのは亜蘭だ。
「……貰いもん、人に食わせんのかよ」
「この話題に亜蘭が乗ってくるとは思わなかったな」
「それとこれとは関係ねえだろ」
「そっか、亜蘭はそういうの嫌いだもんね」
叶亜は一人で納得している。しかし、そんな亜蘭の表情を見てもなお有貴は面白そうに笑っていた。
「でも、これは貰い物じゃないんだ」
「……は?」
「俺が用意したものだからね」
「……」
有貴の言葉に、亜蘭は一瞬驚いた表情をしてから溜息を吐いた。有貴が新を可愛がっているのは知っていたが、ここまでだったとは。しかし有貴と新のことだから、そういうものなのか、と思わされてしまうのもまた事実だった。
「新ばっかり色々貰ってばっかでずりーよ。有貴、俺にはー?」
「どうしても、というならあげるよ。依空にも」
軽い気持ちで発した言葉だったが、依空は想定外の言葉が返ってきて驚いた。
「まじか!」
「三倍返ししてくれるんだよね」
「……いーよ。遠慮しとく」
「残念。依空の三倍返し、それはそれで面白そうだと思ったんだけどね」
そう呟いた有貴の言葉に依空は胸を撫で下ろしていた。
「無理にもらわなくてまじで良かった。有貴に貸し作ったら何されるか分かんないしな」
「そう、残念」
そんな一連の流れを見ていた叶亜は、有貴と新に羨ましそうな視線を送っていた。
「有貴羨ましいな……。僕も亜蘭にあーんしたいな……」
なんて呟きは、叶亜の隣に座っていた依空しか知ることが無かったのだった。
「……ブラコン」