おうち時間 in あにまるぷらねっと荘

あにまるぷらねっと荘

それぞれの日常、それぞれのおうち時間。
彼らのおうち時間を覗いてみてください!

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201号室:とあの部屋 しごと時間

仕事の場が、会社から自宅に変わって一週間あまり。だけど、仕事の量は会社にいた頃と変わることなく、むしろ一人でこなす作業が多い分、さらに忙しくなったようにも思える。
スマホの通話終了ボタンを押し、僕はようやく息を許されたような気持ちになった。朝から晩までひっきりなしにかかってくる電話の対応をしながら、キーボードを叩くのには慣れてきても、社長である母からの電話にはまだ少し緊張する。ここ最近の情勢のせいか、電話越しの彼女はいつもに増して機嫌が悪く、声も威圧的なので、たった数分の会話でさえ気疲れを感じる。
「……それでも、忙しいのは悪いことじゃないよね」
社長から振られる案件はどれも難題ばかりだが、 それをきちんとこなしていけば、僕の会社での地位は確実に上がっていく。忙しいということは、ある意味チャンスでもあるのだ。
バンド活動も仕事も諦めたり投げ出したりしないと決めた以上、もうどんな事だって妥協はしない。だから、今は僕にできることを地道に進めていこう。
気を引き締めたところで、僕はノートパソコンと向き合い、取引先への資料作りを再開する。そこで、ふと机の上に置いたままだったコーヒーがすっかり冷めてしまっていたことに気がついた。気分転換がてら、淹れ直してこようかなと椅子から立ち上がったその時、メッセージアプリの受信音が部屋の中に響いた。
誰からだろう。職場の同僚か、それとも取引先か、はたまた社長からか。そう思いながら、スマホを操作してメッセージアプリを開くと、そこには僕の最愛の弟の名前が表示されていた。

「こんなことを直接叶亜……じゃなくて、鈴音さんに聞くのはずるい気がするんですが、ちょっと仕事のことで教えてください」

たどたどしい敬語から始まった亜蘭からのメッセージは、 仕事で分からない箇所についての質問が綴られている。少し前の素っ気ないメッセージとのギャップもあり、僕は軽く吹き出してしまった。それと同時に、一生懸命悩みながらこのメッセージを打ったのだろう亜蘭のことを思うと、心の中に温かいものが広がっていく。
入社して早々リモートワークになり、部署の中で頼れる先輩もまだいない中で奮闘している。そんな亜蘭が、職場の先輩として僕を頼ってくれたのは純粋に嬉しいし、誇らしい気持ちにもなった。
「……先輩として頼られたのなら、僕も先輩として恥ずかしくない振る舞いをしないとね」 僕は喜びの気持ちをぐっと抑え、弟の亜蘭ではなく、会社の後輩である鈴音君へ質問の返答を送る。

一人部屋に篭って黙々と仕事をする毎日に気が滅入ることもあるけれど、それでもこうして仕事を通してちゃんと繋がっている。
部屋には一人だけど、一人じゃない。そう思うえば寂しくないし、僕ももっと頑張れるような気がした。

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202号室:ありたかの部屋 おかし時間

部屋にはさっきまで俺が生み出していた曲が流れていた。まだ歌詞は付いていないし、修正したい部分もあるから生まれかけといった方が正しいのかもしれないけれど。
(……サビの部分はいいとしても、イントロの部分を少し直した方がいいかな。新の歌詞を見てから変えたいところも出てくるかもしれないし)
俺はペンを片手に紙に向き合っている新の横顔を見ながらそんなことを思う。
「さて、と」
新は新のやることをしているのだから、俺はそのサポートをしてあげなくては。
立ち上がってキッチンで必要な材料を見繕う。バナナと薄力粉とベーキングパウダーと砂糖、それから卵と牛乳があればよかったはずだ。
今日のおやつは、新が食べたがっていたバナナケーキだった。

手際は悪くない方だから、おやつを作り始めてから30分もすれば部屋の中には甘い香りがふわりと漂い始めた。あとは焼き上がりを待つだけだ。
ちらりとリビングの新を見てみるけれど、一心に紙を見つめている。どうやら作詞の作業に夢中になっているからか、この匂いには気がついていないらしい。
(周りのことによく気づく子だけど、こういう時の集中力はさすがだね)
俺はオーブンの中に視線を落とした。

「実家だとつまらない」
そんな風に言って、新が俺の家に泊まり始めてからそろそろ一ヶ月が経つ。
今までにも泊まりに来たことは何度もあるけれど、ここまで長期に及ぶことはさすがになかった。どうなることかと思っていたけれど、その心配は無用だったらしい。
部屋で過ごすこと、それからふたりで同じ部屋にいることがお互い苦にはならないので、なんだかんだと楽しく暮らしている。おかげで部屋の中には、新専用のものが随分と増えた。
(そのうち俺のものよりも増えてしまったりしてね)
そんな事を考えて、思わず笑ってしまった。
人工的に整えられている俺の家は、過ごしやすいが故に季節の移り変わりやイベントごとを忘れがちだ。
みんなで桜を見たり、コンビニで甘いものを買ってみたり、暖かい日には窓を開け放って外の空気を存分に浴びてみたり……。そういった彩りを添えようとしてくれるのは、いつだって俺ではなかった。
今のおやつ作りも、そのひとつで。
「楽しみが部屋の中にないなら探せばいい。それでも見つからないなら作ればいい。だから一緒につくろう?」
そう言ったのは新だった。もとより部屋での過ごし方はそう下手ではないと思っていたけれど、この一ヶ月でさらに上手になったと思っている。
(それはそれで悪くないものだね)
そう思っていると、オーブンがピピピと音を立てた。ちょうど焼きあがったらしい。火傷しないように気をつけながら、バナナケーキをオーブンから取り出して切り分ける。
「新、おやつの時間だよ」
切り分けたバナナケーキとティーカップをテーブルへと持っていけば、新はふっと顔をあげた。バナナケーキを見つけた時に新がどんな表情をするか、俺には想像できていた。

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203号室:あらたの部屋 ひなたぼっこ時間

少し前まで、リビンクのテレビからはどこかの番組のワイドショーが流れていた。立場柄、一通りのニュースは知っていないといけないから……と付けていたテレビだったけれど、何日も同じことばかり。
(もう飽きちゃった)
お昼ごはんが終わってテレビを消すと、今まで流れていた騒がしい音がいなくなった。いつものありたかの家の状態になると、この部屋には心地の良い空気が流れる。
ぼんやりしていると部屋の中には暖かい風が吹いてきて、白いレースのカーテンが踊った。
その踊りは、俺も、と誘ってくる。
(誘惑上手だね)
そんなに誘惑するなら、誘われてあげるしかない。俺はカーテンの足元にあるぽかぽかとした陽だまりにごろりと寝っ転がった。陽射しを一身に浴びて、すごく気持ちがいい。
眩しさに目を細めながらも空に見えたのは、青空の中にゆっくりと泳ぐ雲。薄く霞みがかった雲と一緒にあるのは、不思議な形をした雲の塊たちだった。
(んー……あのぐにゃぐにゃしたのはギターとベースみたい。そっちの大きいのはドラムに似てるかも。あとはキーボードとマイクがあればライブできちゃうね)
耳を澄ませれば、音が聞こえてくるような気さえしてくる。
上を見上げて目に入った空はいつもと変わらないままで。少し視点を変えれば世界はこんなにも美しいのに、視点を戻すと不安や悲しみでいっぱいだ。

こんな今だからこそたくさん考えなくちゃいけないことはある。今だから俺たちに、そして俺にできることだってあるはずで、俺はそれを探したいと思う。
(だけど……)
今は眠気が俺を呼んでいて、そっと目を閉じて考えてみる。
この眠気に抗おうかどうしようか悩んでいると、ふわりと俺の身体に優しいものがかけられた。この家に俺以外がいるとしたら、それは家主しかいない。
(ブランケット?)
目を開けてみれば、俺の隣にはありたかがいた。
「起きてたの?」
「うん、今は。……ね、ありたか」
「どうしたのかな? おっと」
俺を見下ろしていたありたかの手をぐっと引けば、ありたかはバランスを崩して俺と同じように床に寝転がる。突然の俺の行動にありたかは驚いていたみたいだったけれど、すぐに俺と同じように空を見上げた。
「驚いたけど……たまにはこういうのも悪くないね」
「そうかも」
ありたかは俺の隣で笑っていた。

あたたかいから生きている感じがして、この空間は優しいものにあふれている。
(ぽかぽかの日差しに、吹き込んでくる暖かい風。それに見てるだけでわくわくする空の雲もあるし、お腹もいっぱいで、ブランケットもあったかい)
だからすごく心地がいい。
「最近はそんな余裕がなくて見ていなかったけれど、空は今日も美しいね」
「うん。俺もさっき同じこと思ってた」
(みんなもたくさんの優しさに包まれてるといいな)
そう思っているうちに眠気の誘惑に負けて……。俺は目を閉じた。

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204号室:しょうまの部屋 しゃしん時間

春になってからというもの、世間が何かと騒がしくなった。テレビもネットも、絶えず同じ話題のニュースが流れ続け、不要不急の外出は控えるようにと繰り返し警告される。
だけど、そんな世間とは裏腹に俺の周辺は大して変わることなく、代わり映えのない日々が過ぎていくだけだった。元から部屋に篭もることに対して苦痛はないのだが、いい被写体が多い春の季節に、外で写真を撮れないのは少し辛い。
「……そうだ」
外に出られないなら、部屋の中で写真を撮ればいい。そう気づいた日から、俺の「部屋の中での春探し」が始まった。

カーテンの合間を潜り、部屋の窓から差し込む朝の柔らかな日差し。
週に一度の買い出しの日に思わず買ってしまった真っ赤なイチゴ。
換気をした時に風に乗って迷い込んできた一片の桜の花びら。
干したシーツにくっついていた小さくて真ん丸なてんとう虫。

毎日、一枚ずつ増えていく春の写真を眺めたあと、今日は何を撮ろうかなと考えてしまう。ここ数日で、部屋の中の春の気配はもう撮り尽くしてしまった。買い出しも、ついこの間行ったばかりで今は行く必要が無い。
何度も部屋を見渡しては悩み続けるが、それにも疲れてしまった。
換気がてら頭を冷やそうと、俺は部屋の窓を開けてベランダに出た。
「………!」
その瞬間、俺の視界に広がったのはどこまでも続く柔らかな青の空。その色に何も言えず圧倒されている俺の頬を、春の青い香りのする風が優しく撫でていった。耳をすませば、遠くで鳥の楽しげな鳴き声も聞こえ、陽の光も暖かで気持ちがいい。
(……そっか。俺が気づいてなかっただけで、いつの間にかこんなにもたくさんの春に囲まれてたんだ)
外に出られないから始めた春探しだったが、焦って探す必要なんてなかったのだ。どんなに世界が慌ただしくても春は変わらずにやってくるし、家の中にいたって数え切れないほどの春を見つけることが出来るのだから。
春の陽気のような柔らかな気持ちのまま、俺はもう一度空を見上げる。淡い空の色に浮かぶ真っ白な雲が、丸まって昼寝をしているうさぎのように見えて、思わず笑ってしまう。
もし、この場に彼女がいたら真っ先に指さして「可愛い!」と声を上げただろう。そう微笑ましく思いながら、俺はその雲にカメラのピントを合わせ、シャッターを切った。

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205号室:りおんの部屋 はいしん時間

ちらりと背後を見る。−−部屋の中は当然平気。
スマホの黒い画面に映るオレの顔。−−うん、いつも通りバッチリ。
オレは手にしたスマホの、履歴の一番上にある名前をタップした。数秒の呼び出し音の後に通話が繋がった。同時に、画面にはあいつの顔が映し出される。
(ふっ……いつも通りの間抜け顔)
「あ、理音君!」
「はいはい、オレだけど〜」
こうしてあいつの顔を見るのは久しぶりだったけれど、あまり久しぶりだと思わない。それはきっと、毎日のようにメッセージツールで連絡を取り合っているから。
「……ね、変な顔してない?」
前髪を気にする素振りを見せたあいつが、最初に口にしたのは「久しぶり」でも「元気?」でもなかった。
(そういうとこ気にするなんて、まーちょっとはガキくささも抜けて彼女らしくなったかもね)
そんな風に思い、笑いながら答える。
「変な顔? してるしてる」
「えっ、うそ!? どこ!?」
あいつは両手を頬に当てて、焦ったように鏡を見たのが分かった。
「あー最初からだったかも☆」
「ええっ!?」
「冗談だよ〜。いつもどおりのあんたの顔だよ」
「も、も〜!!」
オレの冗談を真に受けるのも、いつもと変わらない。
(例え変な顔してたって、話せるならなんだって構わないのにね)
そんな風には言わないけれど。……言ってなんてやるもんか。

* * * * *

「会えないならビデオ通話でいいんじゃない?」
そう言ったのは、オレだった。
あいつもオレの提案に乗っかって、そこから先はとんとんと決まり。そして次の日にはこうしてビデオ通話をしていたというわけだ。
「独占配信なんだから、ちょー感謝しなよね」
そんな風に言いながらも、オレが感じていたのは紛れもないもどかしさだった。
(ホント、笑える)
オレとあいつは今離れた場所にいるから、手を伸ばしたって届かない。……でも、言葉や想いなら離れてたって伝えることができる。
オレの持つ言葉の中には「大好き」とか「愛してる」とか、あいつが喜びそうなものもたくさんある。だけど、今言ってあげるつもりは少しもなかった。
(言うなら直接のほうが、気持ちも伝わるし、反応もしっかり見れて面白いでしょ)
思わず笑ってしまえば、あいつはそれもしっかり見ていたらしい。
「理音君? 笑ってるけどなにかあった?」
「んーん、なんでも。そういえば今まで何してたの?」
オレはあいつが喜ぶような言葉をしまって、何気ない日常の話を聞いた。

会えないから知りたくて、離れているからこそ話せることがいつもよりもずっと嬉しくなる。
(こんな風に過ごすのもたまには悪くないよね)
あいつの間抜け顔を見ながら、離れてる距離に少しだけ感謝した。
……同じくらい、会いたいとも思うけど。
そんな言葉も言ってあげるつもりはなかった。

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101号室:あらんの部屋 えいが時間

今日の仕事も終わり、最低限の家事をしてからオレはテレビの前に座る。リモコンで電源をつけ、映画配信サービスに切り替えてから今日は何を観ようかと画面に羅列されたタイトルをじっくり眺めた。
これが、最近できたオレの新しい趣味。
数ヶ月前なら、夜は友人と遊びに行くか、暇そうにしている新を捕まえてスタジオで練習した後、ラーメンを食って解散するかのどちらかだったが今はそれもできない。(SNSを見る限りだと、普段はその辺をふらふらしてる新も今は有貴の家に避難して上手くやっているようだ)最近買ったゲームもやることがなくなってしまい、暇を持て余してた時、友人から映画を勧められた。「重いニュースばかりみても、気が滅入るだけだからさ」という友人の言い分にも一理あるなと思い、試しに一ヶ月無料の映画見放題配信サービスを契約したのだかこれがなかなかな面白い。
最近は友人たちオススメの映画を空いた時間に片っ端から観るのが、オレのささやかな楽しみになっている。
昨日観たアクション大作は、主人公が自分の能力を使って絶体絶命の窮地を脱するところが最高に格好良くて、手に汗握った。その次に観たコメディは、破天荒すぎる主人公に振り回される周囲があまりにもシュールで、その日は笑い過ぎて一日中腹が痛かった。
それなら今日はホラー映画から見るかと、タイトルを選んで再生してみる。だが、ストーリーよりも、余計なことばかりするくせに他人を非難してばかりのヒロインの言動にイライラしてしまって途中でやめた。……別に一人で見るのが怖くなったからじゃない。決して。 「次は何にするかな……」 友人に勧められた他のタイトルはヒューマンドラマとサスペンスの二つ。その中からオレは、なんとなくヒューマンドラマの方を選んで再生した。

物語も終盤。難病を患っているが家族のために無理して笑っていた主人公が自分の心境を全部吐き出すシーンで、視界が潤むのを感じた。すっかり主人公や周囲に感情移入してしまったせいで、主人公のセリフの度に目からボロボロと涙が零れ続けて止まらない。
「あー……くそ、ティッシュ……」
オレは、画面から目をそらさないまま近くにあったボックスティッシュを引き寄せると、目元を拭う。これからどうなるんだと食い入るように画面を観ていたその時、スマホから着信音が鳴り響いた。
こんな時になんだよ後にしろと、オレは通話終了ボタンを押そうとして……間違えてテレビ通話のボタンを押してしまう。
すぐさまスマホの画面に映し出されたのは、今一番顔を合わせたくない人物だった。

「あ、業務時間外にごめんね。この間、聞かれたことなんだけど……って、亜蘭! 何、その顔! どうしたの!?」
「あー……何でもねぇよ」
オレの泣き顔を見た途端、仕事の顔から一変して取り乱す叶亜にげんなりした気持ちになる。映画を見て号泣してたなんて、死んでもコイツにだけは知られたくない。
「何でもあるよ! どうしたの、もしかして会社の事で何かあったの!? もしそうなら、教えて! 僕が何とかするから」
「ちげーよ! てか、大した用事ねぇなら切るぞ」
「分かった。今からそっちに行くね」
「来んなバカ! 家にいろ!!」
「泣いてる亜蘭を一人にしておけないよ!」
堂々巡りになっている叶亜との会話に、オレは心底嫌気がさしてくる。こういうとき、目の前の相手をぶん殴って止められないのは不便だ。そう思いながらオレは、エンドロールが始まってしまった映画を尻目に深くため息をついた。

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102号室:いそらの部屋 おんがく時間

バイト先のライブハウスが長期休業となり、俺は久しぶりに有り余るほどの暇を持て余し続けていた。今までどうやって時間を使っていたか思い出そうとしても、だいたいはスタブルの活動を入れたり、誰かと飲みに行ったり、たまに女と遊んだり……。それ以外のスケジュールは全部バイトに費やして、できるだけ暇な時間を作らないようにしてきた。シフトを入れすぎた時、お前には趣味が無さすぎるとオーナーに小言を言われたことを思い出して俺は苦笑する。
音楽は金のかかる女だから少しでも多く稼ぎたいのもあるが、多分一人になってあれこれ考えたくなかったのだろう。思えば、有貴がいなくなった時も、新の声が出なくなった時も、最悪の事態を考えたくなくて、めちゃくちゃなシフトを組んでひたすら働いていた。
でも、仕事も外に出るのもできないなら、やれる事は限られてくる。
「んー……もうちょっと、ここは変えてもいいかな……?」
ヘッドホンから聞こえてくる音を慎重に聴きながら、俺は編曲ソフトで新曲の微調整をする。先日、無事に有貴と新の曲も完成したが、まだレコーディングの日取りは決まっていない。だが、いつレコーディングになっても大丈夫な状態にはしておきたい。
今回の新曲だけではなく他にも出したい曲は山ほどあるし、ライブだってこんな状況にならなければ年内にもう一回やりたかった。一人で色々考えると、いつまでこの足踏み状態が続くのか分からない不安に襲われそうになる。
「はー……ちょっと休憩」
どうにも集中できなくて、俺はヘッドホンを外したあと、そのまま床に寝そべった。ひんやりとした床の感触が気持ちよくて、ついうとうとしそうになる。
ふと視線を横に向ければ、そこには片付けるのが面倒で適当に積み上げていたCDの山があった。
それは、知り合いのバンドが新曲を出した時に貰ったものだったり、メンバー内で自分の好きなバンドの話で盛り上がったときに勧められるまま買ったものだったり……昔、律空に借りたまま返せずにいたものだったり。気がつけば、忙しさにかまけて聞かずに放置していたCDがこんなにも溜まっている。
(……いいアウトプットをするには、大量のインプットが必要って聞いたことがあるな)
いい機会だ、この時間を利用して家にあるCDを片っ端から全部聞くのもアリかもしれない。いい曲を作るにはいろんな曲を聞くことも大事で、それに何より音楽を常に頭の中に入れていれば余計なことを考えなくてすむ。
「……あ」
その時、俺の頭の中に新しい曲のカケラが降りてきた。俺はすぐさま起き上がると、間近にあった紙にその音楽を書き残していく。まだ歌詞のない、その曲を鼻歌のように口ずさんでみるがなかなかいい感じだ。
降ってきた音楽のカケラの全てが、カタチになるとは限らない。だけど、こうしてひとつひとつ書き残していったカケラが集まって、新しいスタブルの音楽になっていくかもしれないから。
「……なんだ、結構やることいっぱいだな」
窮屈に感じていたこの時間を自分の音楽を見つめ直す時間にすると決めた瞬間、やるべきことがどんどん頭に浮かび始める。案外、ぼんやりしている時間は無さそうだ。
そう思いながら、俺がそっと目を閉じると先程とは違う新しいメロディのカケラが頭の中に降りてきた。

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103号室:なちの部屋 りょうり時間

「95……96……97……」
80回を超えたあたりから、じわじわと腹筋に効いてくる感じがする。俺はぐっと上半身を引き上げてラスト3回をやり遂げた。
絨毯の上に寝転がって息を整えていると、俺の腹が主張を始めた。……それは腹が減ったという文句。
時計を見れば筋トレに集中しすぎていて気づかなかったが、いつの間にか昼を過ぎているようだった。
「あー……昼にするか」
キッチンで冷蔵庫の中を確認すれば、そこには何日か前にまとめ買いした野菜やら肉が眠っていた。
同年代の奴らと比べれば、昔からそこそこ料理の手伝いはしていた方だと思う。親に頼まれてというのもあるが、幼馴染のみんなでお菓子を作ったりしていたからだ。
とはいえ、上手に作れるかと言われればそれはまた別問題で。
今、冷蔵庫の中にある食材と俺が作れるものを考えてみる。思い当たったレシピはひとつだった。
(……よし、オムライスつくるか)

数分後ーー。
俺はフライパンの前に立ち尽くしていた。
(ライスが先か……? いや、卵が先でよかったっけ?)
どこかでオムライスで使うライスは少し冷めていた方がいいなんて聞いたこともある。
「あー……」
困った時には誰かに聞けばいい、と俺が手にしたのはスマホだった。電話をかければ、数コールで相手は出てくれた。
「なあ、今ちょっといいか?」
『うん、大丈夫だよ? どうしたの?』
「今昼メシ作っててさ。オムライスの作り方、教えてくれないか?」
電話越しにあいつはふっと笑った。
『もちろんいいよ。えっと……まず卵を割って溶くでしょ?』
「そこまではできた」
『その時に卵白と卵黄はしっかり混ぜると、ふわふわになって美味しいんだよ。それから鶏ガラスープのだし入れて……』
あいつは頭の中にレシピが入っているかのようにすらすらと手順を話していく。俺はそんなあいつの言葉に従って、オムライスを作っていくのだった。

* * * * *

その後も教えられた通りにオムライスを作り、チキンなしのライスに卵をかぶせるとかなり『それっぽい』ものになった。
「我ながら結構いい感じじゃないか?」
ここにケチャップをかければ完成だ。
オムライスが盛り付けられている皿を前に満足していると、玄関のドアが開いたのが分かった。この家の鍵を持っているのは、俺以外にはひとりしかいない。
「ただいま〜! あ、いい匂いする!」
「おう。お前のおかげでかなりいい感じにできたんだよ」
帰ってきたのは、電話相手でもあるあいつだった。
「わ、まだ湯気も出てておいしそ〜!」
「じゃあ一緒に食べるか」
「うん!」
早く食べたい気持ちを抑えてしっかりと手を洗ったあいつは、いただきますと呟いてから大口を開けてチキン抜きのオムライスを頬張る。そんなあいつの顔を見て、俺は思わず笑った。
「波智! 美味しくできてる!」
「それはよかった。んじゃ、俺も食べるかー」
いつもは出かけてどこかで食べていたけれど、こうやって家で過ごすのも悪くない。
そう思うのは、きっとこいつとふたりきりだからだった。

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104号室:ゆづきの部屋 ねこ時間

ほう、と酒精の漂う息を吐いて、手にしていたグラスをサイドテーブルに置いた。ふと外の空気を吸いたくなって窓を開けてみれば、いつもよりも外が明るいことに気がつく。
(なるほどね)
空を見上げれば、そこには大きな月が浮かんでいた。
じっと見つめていると、何もかもを吸い込んでしまいそうな月はあまりにも美しくて。ぞくりと震えそうになる一方で、どこか見守られているような気にもなる。
太陽よりもずっと静かに、夜の俺たちを見つめているからかもしれない。
(……そういえば月ってこんな模様してたっけ)
普段月を見るのは、呑みに行った帰りばかり。曖昧になった意識の中で見上げているから、どんな模様だったのかなんて覚えているはずもない。
(確かによく見ると餅つきしてるように見えなくもない……かな?)
そんなことを思いながらじっと月を見つめていると、足元に柔らかな何かが触れた。足元に視線を落としてみれば、さっきまで膝の上でくつろいでいたカンナがいる。
「ほら、おいで」
小さくてしなやかなカラダを持ち上げれば、カンナは甘えたように「にゃあ」と鳴いて顔をすり寄せてくる。カンナの鼻が眼前に迫ったかと思えば、ぴとりと濡れた鼻がくっついた。
「ふふ、お仲間だと思ってるのかな? キミとはちょっと違うんだけどね」
こうやって甘えられるのが嬉しいと思うのは、必要とされている気がするから。カンナの目を見つめれば、それは空に浮かんでいたものと同じまんまるだった。
と、そのタイミングでサイドテーブルに置いてあったスマホが震える。誰かからの連絡かと手に取れば、ぽんぽんと数秒に一回通知が届いた。
メッセージを送ってきた人物の名前を見るに、写真部のグループメッセージが届いているらしい。
(君たちはいつでも楽しそうだ)
沈みがちな気持ちや状況はみんなも一緒のはずなのに、文面にはカラフルな絵文字が顔文字が踊っていた。怒ったり笑ったり、拗ねてみたり……。
今分かるのは文字だけのはずなのに、その表情や声音まで伝わってくるように思えてしまう。
「どこにいても、君たちは君たちらしいね」
彼らのやりとりを見ながら、サイドテーブルに置いたグラスに手を伸ばす。
誰かと呑むお酒は楽しい。ひとりで呑むお酒も悪くない。だけど、彼らのやりとりを眺めなら呑むお酒は……。
「なんでだろうね、不思議とすごく美味しい気がするよ」
グラスに残っていたお酒を呑み干した。

月は欠けたと思えば満ちて、満ちたかと思えば欠けていく。いつだって変化をしていくものだ。
それと同じように、暗く先が見えない夜だっていつかは明ける。
(君たちが一緒なら、楽しく朝を待てそうな気がするよ)
そんなことを考えながらカンナをみれば、膝の上で「にゃあ」と鳴いた。
夜が明けるのは、思っている以上に早いのかもしれない。……そうであればいいなと思った。

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105号室:すばるの部屋 げーむ時間

春の日差しが暖かな昼下がり。お昼の片付けも終わって、俺は自室で黙々とゲームのレベル上げをしていた。次のボスを倒すにはもう少しパーティ全体的のレベルを上げなくては。そう思いながらゲームを進めていと、ベッドの上に置いたままだったスマホから受信音が聞こえた。
ゲームを中断して、スマホを拾い上げると、そこには隣の部屋に住んでいるアイツの名前。

「今から行ってもいい?」

そのメッセージに、俺が「いいよ」と返答すると、即座に可愛らしいネコのスタンプが返ってくる。確か、最近アイツが気に入っているキャラクターだ。
メッセージアプリを閉じた後、俺はプレイしたゲームをセーブし、終了させる。アイツが来るなら、これじゃなくて別のゲームの方がいい。

「これから、皆でゲームしないか?」
一緒に住んでいる波智の部屋に行き、そう声をかける。波智は読んでいた漫画をすぐさま閉じると、「やるに決まってるだろ!」と快い返事をしてくれた。
波智を俺の部屋に連れていき、ゲームのセッティングをしてるとすぐにインターホンの音が部屋の中に響いた。

「やっぱり、最初はレースのやつだろ!」
「えー!? 私は無人島のやつやりたい!」
「じゃあ、公平にジャンケンな! それで文句なし!」
部屋に広げたパッケージを手に取りながら、二人はゲームの前にジャンケンを始めてしまう。それを微笑ましく思いながら、俺はお茶とお菓子を取りにキッチンへ向かった。
俺は元々一人でゲームをするのが好きだから、家に何日も篭もることはそんなに苦ではない。むしろ、今まで忙しくて起動することなく積まれていたゲームを一気に片付けることが出来るいい機会だとさえ思っている。だけど、小さい頃から星波島を朝から晩まで走り回っていた活発な幼馴染二人はそうもいかない。体を動かすことが大好きな波智も、どこかに出かけることが大好きなアイツも、ここ数日でかなりストレスが溜まっているはずだ。だから、こうして一緒に騒いで、ストレスを発散させてやらなくては。
「ほら、お茶とお菓子持ってきたぞ」
「おー、サンキュー」
「ありがと、昴……あっ、波智! アイテムで邪魔するのやめてよー!」
俺がお盆に冷たいお茶とお菓子を載せて部屋に戻ると、二人はレースゲームに熱中していた。どうやら、ジャンケンは波智が勝ったらしい。

レースゲームの第一戦目を終えてから、 三人でおやつの時間にする。
「あっ、桜餅だ!」
皿の上に乗った桜餅を見て、アイツが嬉しそうな声をあげる。
「この間、買い出しに行った時に買ったんだよ。お前にも渡そうと思ってたから、三つ買っておいてよかった」
「確か駅前の和菓子屋さんのやつだよな? あそこの菓子、本当に美味いよな!」
そう言いながら、波智はほぼ一口でそれを食べてしまう。
「そういえば、今年はお花見行けなかったね」
「確かにそうだなー、ゆっくり見る間もなくもう散っちゃったもんな」
「来年は一緒に行けるといいな」
俺がそう言うと、アイツは嬉しそうに大きく頷いた。それを皮切りに、気がつけば外でやりたいことをそれぞれ口にしていた。
外で思いっきり、サッカーの練習をしたい、試合も見に行きたい。
気になってたお店に行きたいし、久しぶりに水族館や遊園地にも行きたい。
星波島に帰ってみんなと会いたいし、また星波島の星空を撮りたい。
今は出来ないことばかりだけど、それは未来の楽しみであり、今を乗り越えるための小さな希望だ。

ふと目が合ってしまった瞬間、アイツがあまりにも嬉しそうに笑うものだから、俺は少し照れてしまう。今、この場に2人っきりじゃなくてよかったと思いながら、俺もぎこちなく笑顔を返した。

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