フェリー乗り場のベンチで、背中を丸めて座る彼女の姿を見つけて、その丸い後頭部を拳で軽くノックした。
「あいたっ」
可愛らしい声を上げながら振り返る。その目に俺を映すと、彼女は慌てた様子で手に持っていた『何か』を後ろに隠してしまった。不思議に思いながらも、あえて突っ込まずに笑みを向ける。
「一緒に帰ろうって約束したでしょ。なんで先に乗り場にいるのかな?」
「ご、ごめんね。その……」
「君が今、隠したものと関係あるのかな」
彼女の視線があっちにこっちに、と忙しなく動く。最後は地に落として、俯いたまま小さな唇をゆっくり開いた。
「……さっき、クラスの女の子からチョコもらってたでしょ」
「あれ? 見られてたんだ」
頷いて、こちらの反応を伺うように上目遣いに見つめる。その瞳が、不安に揺れていた。
「私のなんかよりずっと立派で、すごそうなやつだった!」
「確かにあのチョコの包み、高級店のだったね」
「なのにかんちゃん、あれもらわなかったでしょ。なんで?」
どうしてこの子は、当たり前のことを不思議そうに聞いてくるんだろう? 一体何が不満なのか俺にはわからない。だけど、この子が不安なままでいることは、俺には耐えられなかった。落ち着かせるように、ゆっくり頭を撫でてあげる。
「俺は教師だからね。それに、君からもらえるんだから、他のチョコなんていらないよ。ねえ。それ、もらっていい?」
「で、でも……形とかすごい歪で……あ! 昴から作り方教えてもらったから味は大丈夫なんだけどね。でもラッピングとかヨレヨレで……」
いろんな言い訳を並べるその姿さえ愛おしくて、小さく笑いながらその身体を抱きしめた。すると彼女は腕の中で、小さな悲鳴を上げる。その瞬間を利用して、隠し持っていたチョコを取り上げた。
確かに、お世辞にも綺麗とは言えないラッピング。でも、そこから彼女の想いが伝わってきた。これは「俺のために」と必死に頑張った彼女の気持ちが、形になったものだ。
「チョコ、ありがとうね。取り上げる形になっちゃったけど、また君からもらえるなんて嬉しいよ」
拗ねているのか、不満なのか、唇を尖らせる彼女。どうしたのかと思ったら、ジャンプして俺の手からチョコを奪い返した。
「そ、その……もらってもらえるなら、ちゃんと……自分で渡したい。このチョコは、今までとは違うんだもん。かんちゃんに気持ちを伝えるチョコだから……渡し直しさせて?」
頬を赤く染めた彼女の姿に、胸を締め付けられながら頷く。すると彼女の顔に、柔らかな微笑。その愛らしい表情のまま、彼女は改めてチョコの入った包みを俺に差し出した。
「チョコ、もらってくれますか?」
彼女の口から溢れる俺への気持ちに少し泣きそうになりながら、俺は頷いて、不格好だけど愛おしい包みを受け取った。

——そんな、夢を見た。