【Short Story04】テスト前の小休憩

写真部の部室には、教科書やノートを捲る音と、シャープペンシルの走る音が聞こえてくる。
――はずだった。

南海高等学校ではテスト一週間前になると、全ての部活動が停止になる。テスト一週間前からはテストに専念しろ、ということらしい。「サッカー部の練習に行ってくるから」という理由がなくなった今、波智は写真部の部室で勉強をしていた。
「あー! もう無理だ。分かんねえ!」
そんな言葉と共に、波智は手にしていたシャープペンシルを机に置く。波智は勉強会を始めてから、もう数え切れないほどの溜息を吐いていた。
「はい波智、口を動かす暇があるなら手を動かして」
「分かんねえからそれも出来ねえんだって!」
「波智、ほーんとおもしろーい」
横から茶々を入れる理音にも、昴の声が飛んでくる。
「そう言ってる天地君もちゃんとやろうね」
「んー」
聞いているのか分からない理音の返事。
そんな騒がしい様子を見ながら、星真は数式を書いていた手を止める。臨時教師という役割についてしまった昴は、先程の波智よりも大きな溜息を吐いた。

「そいや星真も今日は学校来てたんだな」
すっかり集中力が切れたらしい波智が話しかける。ふと星海が時計を見ると、勉強を始めてから一時間が経っていた。
「……出席ギリギリだから」
「なにそれ。そんなに出席ヤバイの?」
星海以外も休憩することにしたのか、教科書とノートを閉じて机に頬杖をついたり、椅子の背もたれにもたれかかってリラックスした体勢になっている。
「テストの点だけで進級出来ればいいのに」
「確かにテストだけで進級できるなら星真は何の心配もないもんな」
だから勉強してても余裕あるんだ、と星海は一人納得した。
「星真ってそんな頭良いんだ」
「ってか何で授業受けてないのにそんな成績が良いんだ?」
「もし留年して同じ学年になったら勉強教えてね……!」
みんなが口々に問いかけるものだから、星真はパーカーのフードを引っ張って、目深にかぶってしまう。
「……なんで授業受けてるのに駄目なのかが分かんない」
星真の言葉に、波智も星海も耳に手を当てて聞こえないふりをする。
「まあ波智は授業中寝てるのが原因で、星海は……」
「お前、昔っからのみ込みの速度がゆっくりって言うか」
幼なじみ二人の言葉は言い訳のしようがないほどの事実だった。
「実験とかだと楽しいんだけど、テストはなあ……。飽きる」
「波智は昔からそうだったよね。すぐ寝ちゃうし」
「まず波智はちゃんと板書するところから始めような」
特に理数が得意だが満遍なくできる昴の言葉に、赤点ギリギリの低空飛行をしてる波智と、だいたいどれも平均程度の星海は今一度唸り声をあげた。
「そいや出席はあれとして星真もできる奴だし、理音はどうなんだ……?」
波智に突如話を振られた理音はぷいっと顔を背ける。
「興味ないやつの勉強なんてするだけつまんないし。オレがやりたいことの為に必要ならやるけど、別に今は必要だとは思えないしねー」
「かっこいいこと言うね?」
確かに理音は芸能人として活躍していただけあって、音楽や美術ではクラスメイトの注目を浴びることが多い。
「いや、言ってることはかっこいいかも知れないけど、赤点ばっかりはまずくないか?」
「……」
昴の正論に、理音は視線を逸らす。
一瞬静まった部室の沈黙を破ったのは波智の一言だった。
「やっぱりさ、俺。思うんだよ」
「何が?」
「時には諦めることも大事だって」
どこかさっぱりとした表情をしている波智を見ていると、確かにそうかも知れない、と思わされてしまう。
そんな時、突然部室の扉が開いた。部員は全員在室している状態で、写真部の部室に訪れる人物と言えば一人しかいない。
「みんな、ちゃんとやってる?」
「あ、かんちゃん」
「勉強会って言ってたから、ちょっと顔出しに来たんだ」
夕月は空いているパイプ椅子に腰かける。そして手にしていたビニール袋を、教科書とノートがずらりと並ぶ机の上に置いた。
「真面目に勉強してる君たちに差し入れ。他の生徒には内緒だよ?」
「まじかよ!」
波智がビニール袋を開けると、そこにはスナック菓子やチョコレート菓子がいくつも入っている。
みんなは早速封を開けて、夕月の差し入れを食べ始める。その光景は簡単なお菓子パーティーのようで、勉強で沈んでいた気持ちも、少し持ち上がる。
「ん~~! 美味しい!」
「疲れた時には甘いものって決まってるからね」
「神流、ありがと」
夕月が持ってきてくれたお菓子はあっという間にみんなのお腹の中に納まってしまった。育ち盛りの高校生の食欲は凄いのだ。
「ちゃんと進んでる?」
「えっと……ぼちぼち?」
昴は昔と変わらず大丈夫そうだね、と夕月は一人頷く。「君たちはどうなの?」と残りのメンバーに問いかけた。
「……えっと」
顔を見合わせる星海と波智、そして視線を逸らす理音を見て、夕月は何かを察したようだった。
「まああと一週間あるから頑張ってみなよ」
「はあーい」
それから少しの間、夕月を交えて雑談をしていた。
部室では雑談をすることが多く、星海もそして他のメンバーも、悪くない時間だと思っていた。けれどそれがテスト前ともなるとこんなにも楽しく、そして貴重に思えるのは、きっと気のせいではない。
もう空っぽになってしまったお菓子の袋をまとめてゴミ箱に捨てる。
「さ、そろそろ勉強に戻らないとね」
「えー」
「もう今日の勉強は終わりでいいよー」
「みんな、僕が持ってきた差し入れ食べたなら、ちゃんとやろうね」
「うっ……」
そんな夕月の言葉に反論の余地はなく。
「僕が分かる範囲なら教えてあげるから」
「どこテストに出るのか教えて」
「それは駄目かな」
「神流のけち」
大人しく、閉じた教科書とノートを開き直したのだった。

テキスト:わくわく( @wakupaka