【Short Story10】イン・ハロウィン・コスチューム

「波智は?」
「先に行ってて、って言ってたな」
「そっか。サッカー部関係なのかな?」
「かもな」
波智は写真部だけではなく、サッカー部との兼部だから忙しそうだ。今日は写真部の方に来ることになっていたけれど、この分だと遅れてくるらしい。
そんなゆったりとした会話をしながら昴と一緒に部室までの廊下を歩いていると、お喋りをしている生徒たちの声が聞こえてくる。
「そういえばうちの妹、一週間くらい前からお菓子貰いに行くって楽しみにしてたんだ」
「そうなんだ~」
最初は何のことかピンとこなかったけれど……横にいる昴はなるほど、と頷いている。
「ああ、ハロウィンか。そういえばそんな時期だな」
「そっか、ハロウィン!」
ハロウィンといえば、仮装をして近所の家を訪ねてお菓子を貰いに行くのが恒例行事だ。私と昴、波智も小さい頃はずっとそうしてきた。三人揃って、かんちゃんの家にお菓子を貰いに行ったことが懐かしい。
「久しぶりに仮装して、昴と波智の家に行っちゃおうかな~」
「それも楽しそうだよな。子どもじゃない今だからこそ、やったらそれなりに楽しそうだ」
「そうだよね~。……ってあれ、今日は私たちが一番乗りかな?」
電気の付いていない写真部の部室を見て、首を傾げる。いつもなら理音君か、星真君がいることが多いけれど……そういう日もあるかもしれない。
がらりと部室のドアを開けると、そこには誰もいないと思っていたのに大きな白く動くものがひとつ。想定していないものが、想定していない動きをしているのだ。
「……!」
咄嗟に大声を出しそうになるけれど……白いそれは、ふいに振り向いた。
「あ」
「……星真君?」
私の問いかけに、白い動くもの――星真君はこくりと頷いた。

「えっと……星真が被ってるのは白い布か?」
「そう」
部室に現れた白く動くもの……その正体は星真君だった。なんでも棚の上の方にある機材を取ったら、布が一緒に落ちてきて、そしてそのまま布を被ってしまった……ということらしい。
「でもなんだかハロウィンの仮装みたいだなって思っちゃった」
「そうだな。俺も驚いたよ。きっとお化けとかってこんな感じなんだろうな」
私たちの言葉に、星真君もふっと口元を緩めている。
仮装なんて、高校生にもなるとハロウィンのような行事でもなければ、する機会なんてほとんどない。とすれば、ハロウィンの今だからしかできないことのように思えて。
「……ねえ、この部室に他にもそういうのってあるのかな」
「そういうのって?」
「仮装できそうなもの!」
「どうだろうな。探せば……あるかも知れないな」
昴はそう言いながら、窓際の棚の上に視線を投げた。
確かあのダンボールの中には、文化祭で使った装飾なんかが入っていた気がする。装飾関係のものが入っているなら、仮装に使えそうなものもあるかも知れない。
「……ね、仮装しよう! せっかくだし!」
「仮装、か」
「きっとこれを逃しちゃったらなかなかできないだろうと思うし! どうかな?」
昴を見れば……少し悩んでから頷いた。
「確かにたまにはいいかもな」
「じゃあやろう!」
写真部の中で一番背の高い星真君にダンボールを取ってもらう。
ダンボールのフタを開けば、その中には仮装に使えそうなものが沢山入っていた。
「これはツノ付きのカチューシャで……こっちはマントかな」
「みたいだな。思ったより色々入ってるみたいだ」
「ね!」
私はツノ付きのカチューシャを頭にさす。昴は昴で、仮装用のものを探しているようだったが、決めかねているらしい。少しだけ困り顔をしている。
「迷ってるの?」
「そうなんだよ」
「ふんふん……じゃあこのマスクなんてどう? 昴に似合いそうだよ?」
ダンボールの奥底に眠っている仮面舞踏会で使うようなマスクを取り出して昴に差し出せば、昴はそれをさっと付けた。
顔の半分程が隠れてしまっているけれど、満足そうな表情をしている。
「やっぱりこういうの、なんだかんだ楽しいよな」
「ね。結構時間たったけど、そろそろ波智とか来ないかな?」
ダンボールの中をごそごそしていただけだったけれど、案外時間が経っている。そろそろ波智が来てもおかしくない頃だ。
……面白い考えが浮かんでくる。
「ね、波智を驚かせてみない? 扉開けた瞬間に、わっ! ってするだけだけど」
「悪くないんじゃないか?」
意外にも昴は乗り気だ。きっと相手が波智だろう。思い付きの提案にどうかな? と星真君の方を見れば、こくりと頷いていたからこれはOKということだろう。
そうと決まれば、さっそくスタンバイだ。
「星真君はさっきみたいにそこに立ってて……私と昴が扉の横で待ってれば大丈夫かな?」
「ああ」
「扉開けた瞬間に『わっ!』ってすればいいからね!」
そんなわけで、私たちは波智の到着を静かに待つことにした。

* * *

それから五分程で、誰かがこちらに来る気配がした。誰かは写真部の部室の扉の前で立ち止まって。
(……波智だ!)
昴と目配せをする。扉が開いた瞬間に飛び出して……。
「わっ!」
「わぁーー!!」
「……あれ?」
聞こえた声は、私と昴、そして星真君が想像した人物のものではなかった。
「な、なんなの……!?」
「あれ、理音君? 波智は……?」
悲鳴の主である理音君は驚いて腰を抜かしていた。……波智は理音君の後ろで私たちのやり取りを、ぽかんとしながら見守っているばかり。
「星真まで一緒になって……なあ、お前ら楽しそうだけど何してんだ?」
「え、えへへ……」
未だ驚いたままの理音君と、何やら楽しそうなことをしていると判断したらしい波智が楽しそうに事情を聞いてくる。
私と昴はふたりに経緯を説明することにした。

「へー、楽しそうじゃん! 俺たちもやろうぜ!」
「確かに悪くないかも。で、その小道具ってその中?」
事情を聞いたふたりは、乗り気だった。未だに部室に来ていない写真部の人――かんちゃんを驚かせるためだ。
「そうそう、そのダンボールの中だよ。あとは……あそこにある布も使えるかな?」
「結構入ってるもんだな」
「組み合わせて使うと案外遊べるかもねー」
ダンボールの中を一通り見た理音君は、使えそうなものを取り出していく。波智はその中から長い一本の布を取り出して……。
「包帯? ……ミイラ男ってこと?」
「ああ。これ巻き付けようかなって思ってな」
波智はくるくると包帯を頭に巻き付けていく。それなりの長さがあったからか、全てを巻き付け終わるとなかなか様になっている。
「いい感じじゃないかな?」
「おう! んで、理音は……」
理音君の方を確認すれば、もう仮装は完了しているようだった。理音君の仮装する様子を見ていた星真君は、その完成度の高さに関心している。
……確かに、理音君は東京で芸能人をしていたから、このいうことにも慣れているのかも知れない。
「……すごいかも」
「ああ、天地く君さすがだな……」
「確かに悔しいけど、様になってるんだよな」
「ふふん、そりゃオレなんだから。様になってるのはトーゼンでしょ」
理音君の仮装は魔女だった。ダンボールの中にあった、魔女が使うような三角の帽子に、黒い布を組み合わせて使っているらしい。
「血のりなんかがあったらもっと本物っぽくて良かったんだけど……さすがにそれはないでしょ。今回はこれで我慢するけどー」
演劇部の部室ならまだしも、ここは写真部の部室だ。……むしろ、写真部の部室に血のりがあったら驚いてしまう。
「そう言えばこれ、ダンボールの隅にあったからあんた使いなよ」
そう言いながら理音君が渡してくれたのは、魔法をかけるときに使うような杖だ。
「でもこの杖なら魔女の仮装してる理音君の方が……」
「あんた、仮装って言ってもそのツノだけでしょ。ちょっとしょぼいから、それがあるくらいでちょうどいいんじゃないの」
「そう、かな?」
「確かに天地君の言う通りかもな。そっちの方が見栄えがしそうだ」
「そっか……うん、分かった。ありがとう!」
言葉だけだと理音君のそれは、少し強いけれど。それでも、本当は私に杖をくれるための理由を作ってくれたんだと思う。私は理音君から杖を受け取った。
「今度こういう機会があったら、前もって準備しておくか」
「うん、楽しそう!」
白い布を被った星真君、マスクをつけた昴、包帯を巻いた波智に、帽子とマントを付けた理音君。そして、ツノと杖を持った私。
これで私たちの準備は万端だ。あとはかんちゃんの到着を待つだけ。
「かんちゃん、驚いてくれるかな~?」
「神流でしょ? あんまり驚いてるとこ想像できないんだけど」
理音君の言葉に、星真君も頷いている。確かに、高校で見る先生としてのかんちゃんは凄くスマートに見えるけど……。
「ああ見えて夕月、昔は結構簡単に驚いてたりしたんだよな。なあ?」
「ああ。突発的なことにはそんなに強く無かったし……案外驚きそうじゃないか?」
そんな会話をしている時だった。扉の前で、誰かが立ち止まる。
(かんちゃんだ……!)
みんなもかんちゃんが来たかも知れない、と一瞬で理解したらしい。お喋りはやんで、かんちゃんを驚かす体勢に入っている。
みんなでアイコンタクトをとり、扉が開く瞬間を待って……。
「わっ! ……ってきゃーー!!!!」
「うわーー!!」
「……!」
扉の向こうにいたのは、かんちゃん……のはずの誰か。
ぽたりと赤い液体が、頬を伝って廊下に落ちる。髪はぐしゃぐしゃで、服だっていつも着ているはずの白衣はない。
そう、それはまるで怪我を負って、人じゃない何かから逃げて来たみたいな……。
「ぞ、ゾンビ……!」
私は勿論、昴や波智、星真君ですら驚きの表情を浮かべている。理音君に加えて私も、腰を抜かして動けなくなってしまっていた。
と、かんちゃんと思われる人から微かな声が聞こえて来る。
「……もの……」
「えっ?」
「何か……拭くものが……欲しいな」
ようやく頭が驚きから戻ってきて、私は手近にあったティッシュケースに手を伸ばした。

なんでも、職員室でもハロウィンだからと仮装の話題で盛り上がったらしい。そして放課後ということで、そのままの勢いで仮装することになり……美術担当の先生の悪ふざけも重なって、絵の具で血を表現した結果こうなったらしい。
「もう、本当にびっくりしたんだからね」
「この前やったゾンビになった仲間を救うゲームかと思ったくらいだよ」
「まさかこんなにみんなが驚くとは思ってなかったんだよー」
かんちゃんは顔に付いた血のり改め絵の具を拭いていく。今はもういつものかんちゃんだった。
「いくら何でも本格的すぎだろ~」
「ほんと驚いたんだからね」
「うん」
かんちゃんを驚かすつもりで、結局かんちゃんに驚かされてしまっていたけれど。
こういうのも楽しくていいんじゃないかなと思ったハロウィンの日の放課後なのだった。

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