【Short Story09】新たな一枚

オレが写真部の部室に来たのは、課題の提出から逃げるためだった。神流ときたら普段は眠そうな顔をしてるし、昼休みはうとうとしてるくせに全然逃げられない。不思議なことに逃げても逃げてもなぜか見つかる。
背中に目でもあるんじゃないのと思い始めるくらいだ。
「神流、いないよね!」
ここまできたら、「神流がいなそうな場所」ではなく逆に「神流がいてもおかしくない場所」に隠れた方が意外性があって見つからないかもしれない。
そう思って写真部の部室に来たけれど、これはアタリだったらしい。
部室のドアをガラガラと開けば、そこには珍しく椅子に座って何かを眺めている星真となるにあの子、それから波智がいた。
ここい隠れていれば、しばらくは神流は来ないはず。
(って、あれ?)
思えば、写真部のメンバーはオレ以外の全員が揃っていて。
「あ、今日部活だったっけ」
「うん。今日やらなくちゃいけないことはないから、いつもと同じだけどね」
「天地くんも来たんだね」
「まーね」
……神流から逃げることに必死で気が付かなかったけれど、今日は部活動の日だったらしい。この場所に神流がいないことにほっと息を吐きつつ、気になったのは彼らの手元だ。
「なに? 面白そうなもの見てるの?」
四人でひとつのものを覗き込むように何かを見ているから、オレもその中に身体を滑り込ませる。面白いものってやっぱり気になるし。
あの子が手元で広げている教科書よりも大きいそれは。
「……卒業写真?」
「卒業のちょっと前写真」
オレの疑問に返したのは星真だった。ちょっと前写真、ということについ笑ってしまう。
「ちょっと前写真って……中学の?」
「小学校だよ。ちょっと前って言っても多分一年くらい前のことだと思うけどな」
「ふーん」
そこには、まだ子どもとも言える男の子ふたりと女の子ひとり。そこからちょっと離れたところで大人びた表情をしている少年が写っていた。波智がこの写真をじっくりと見ているということは……。
「この力いっぱい笑ってるのがどうせ波智だよね。んで、こっちのびっくりしてるのが……」
「俺」
なるが口を開いた。となると、このふたりの真ん中で笑っているのが彼女だろう。
「まーだよね。って、まさかちょっと離れたとこに写ってるこの人って……」
「僕だよ~」
「だよね。全然変わってないもん、特に目元の辺りが」
力の抜けるような声が後ろから聞こえて来た。この少年は神流なんじゃないか、と思っていただけにその答えはどこか予想もしていた。
「四人一緒に写ってるって……そっか、そう言えばあんたたちって幼なじみなんだっけ」
そう返せば、彼女は頷いていた。
「ふーん、やっぱり面影残っててなんだかんだ変わってないよね……って、え」
聞こえた声の人物が誰だったかを思い出して、オレはゆっくり振り返る。オレの気のせいじゃなければ、今オレの後ろにいるのって。
「理音くん、まさかここにいるとは思わなかったな」
「神流……」
「そうだよー」
そう言いながら、神流はオレと同じようにアルバムを覗き込んだ。
「あ、これって僕が運動会のときの写真でしょ。みんなで見に来てくれたんだよね~」
神流はそう言いながら一枚の写真を指差した。
オレは課題を出してなくて、さっきまで神流から必死で逃げてきた。てっきり会った瞬間、課題の催促をされると思っていたのに。
「……いいの?」
窺うように神流を見れば、神流はふっと表情を緩めた。
「課題出して欲しいのは確かだけど、今は部活の時間だからね。あ、明日からはまた追いかけるからね~」
「うっ……明後日くらいにちゃんと出すから」
「うん、待ってるからね」
その言葉を聞いて、オレは再びアルバムに視線を落とした。

*

「……結構あるもんだね」
「まあ幼稚園の頃から撮ってたからな」
「だなー」
ひとつ写真を見るごとに、みんなでその時の感想だったり状況だったりを口々に話して。
(……そうところ、良いよね)
例え昔のことであっても、こうしてあの時のことが鮮明に思い出せる。
そんな写真の良さを感じながらアルバムをめくっていると女の子と男の子は少女と少年に成長して、やがて最後のページに行き着いた。
最後のページは、もう貼る写真がなかったからか空白が目立つ。
今までがぎっしりと写真が張り付けられていただけに、なんだかちょっと寂しいかもしれない。
「ここ、もう一枚貼れそう」
「だなー。俺もそれ思ってた」
「じゃあ撮ってみる? 今は部活中だしね」
神流の言葉に、みんなが同意した。
「それなら俺が……」
俺が撮るよ、と立候補したなるを彼女がそっと止めた。
「写真部のみんなで写るの」
「それなら誰が……」
確かに誰かがカメラを構えれば、その人は写真には写れない。
「別の人に頼んでみよう? ね?」
そう言われてしまえば、なるも口を閉じるしかなくて。分かった、とうなずいた。
「じゃあ廊下歩いてる人に頼んでみるからちょっと待ってて!」
彼女は椅子から立ち上がり、部室を出ていく。その後ろ姿を、オレじっと見つめていた。

このアルバムの最後のページに、新しい写真が加わるまでそう時間はかからなかった。

 テキスト:わくわく( @wakupaka