【Short Story05】ささやかな願い

星波島へ戻るフェリーへ乗り込む昴たちの背中から、視線を夕空へ移した。何かに呼ばれた気がした、とかじゃなくって、一番星を見たかっただけ。
オレンジとピンクが混じった空には、やっぱり夕星がキラリと輝いている。その美しさに目を細めていると、後ろからきた波智も「おー」と声を上げながら見上げた。私が何を見ているのか気付いたのだ。
「綺麗だねえ」
「綺麗だなあ」
ふたりでボーッとしていると、どこからともなく笑い声。顔を戻すと、先に乗り込んでいた理音君と目が合った。
「アホ面がふたり」
それにいち早く反応したのは波智だ。
「誰がアホだ!」
「自分じゃ気付かないよねえ。口開けてボケーッとしてさ。アホじゃなきゃ間抜け面にしとく?」
「アホでも間抜けでもねえよ!」
理音君を怒ろうと、波智はドタバタ足音を立てながらフェリーへ乗り込む。捕まってなるものかと理音君が逃げるのは、いつもの光景だ。それを止めに入る昴の――
「お前ら、俺の拳骨食らうのと海に放り投げられるの、どっちがいい?」
笑顔のお叱りが入るのも、2学期からすっかりお馴染みになってしまった。クスクス笑いながらやっとフェリーに乗り込む。すると、珍しく甲板に出ていた星真君が空を見上げていた。構いたくなって隣に行くと、彼は両手の親指と人差し指を使って長方形を作る。写真だ。やっぱり星真君だなって、思わず笑みがこぼれる。
「綺麗だよね」
「ん。雲ひとつないし……これなら、星もよく見えそう」
「星!」
その一言で、ピコン! とアンテナが立ち上がった……気分になった。私の声が思いのほか大きかったみたいで、昴たちがやってくる。
「どうしたー?」
「ねえ、部長さん! 今日は天体観測しようよ!」
私の提案に、星真君と理音君が同時に顔を歪めた。でも……
「今日はよく見えるだろうし、いいんじゃないかな~」
それまで黙って私たちを見ていた顧問――神流夕月ことかんちゃんの一言で、写真部の課外活動が決まった。

* * *

フェリーから降りると、私は一度家に戻った。着替える時間も惜しく、そのままお母さんの作ったゴーヤチャンプルーを食べながら、お父さんに『課外活動』の許可をもらう。
「まあ、夕月君も一緒ならいいか。でも、あまり遅くならないようにな」
「うん! 大丈夫!」
「そんなこと言って、小さい頃は時間を忘れて星を見て、夕月君に迷惑かけてたでしょ~」
「あ、あれは小さい時だよ! 今はそんなことしないよー……たぶん」
ごはんを口に運びながら視線を逸らすと、お父さんとお母さんは同時に笑い声を上げた。

ごはんを食べ終わって外に出ると、ひんやりとした風が頬を撫でた。夏はシャツでも過ごせるけれど、やっぱり夜になると肌寒い。それは海のせいだって、昔かんちゃんが言ってた気がする。
少しでも寒さを和らげようと、お気に入りのパーカーの裾を引っ張る。そして軽く腕を撫でながら、足早に待ち合わせ場所の海岸へと向かった。
「言いだしっぺなのにおそ~い」
到着した私を待ち構えていたのは、理音君の拗ねた声。
「ごめん! わー、もうみんな揃ってたんだね」
慌てて駆け寄ると、みんなの手には飲み物が。不思議に思ってみていると、昴は手にしていた紅茶の缶でかんちゃんをさした。
「夕月のおごり」
「え~! ズルいー!」
唇を尖らせてむくれると、かんちゃんが手招きしてくる。呼ばれるまま前に行くと、コンポタの缶を手のひらに乗せられた。
「これがいいだろうと思って、買っておいたんだ」
「わ~! ありがとう、かんちゃん!」
「どういたしまして」
さっそく受け取り、プルタブを開ける。一口飲むと、胃がポカポカ。自然とほっぺたも緩んでいた。
「星真、カメラ持ってきてないの?」
水玉の缶を傾けながら聞いている理音君は、乳酸飲料を飲んでいる。ちっちゃい時好きだったなあ、なんて思いながら、空を見上げた。辺りは静かだから、ふたりの会話は自然と耳に入ってくる。
「持ってきてない……なんで?」
「撮ればいいじゃん」
「今日は気分じゃない」
「なーんだ。これだけ綺麗な星空を、星真が撮ったらどうなるのか見たかったのになぁ」
喜んでいるのか。それとも困っているのか。
星真君から次の言葉は出てこない。でも理音君は特に気にした様子はなく、ジュースを飲んでいるみたいだった。
私もコンポタをもう一口――
「あ!」
目の前を通り過ぎたきらめきに、思わず声を上げてしまう。慌てて顔を下げると、みんなの視線が私に集まっていた。その目は「どうした?」と尋ねている。
「流れ星! 今、流れ星が降ってきたの!」
最初に反応したのは、私の足元に座っていた波智だった。
「どこだ!?」
オレンジの炭酸ジュースを砂浜に置いて、キョロキョロ空を見回している。星真君も少し気になるみたいで、視線だけを上に向けた。
「今日はもう見えないかもな」
昴の独り言に反応したのは、理音君だ。
「流れ星くらい、どうでもよくない?」
「そう? でも見えたらちょっと興奮しないか?」
「そりゃあちょっとはテンション上がるけどさー。あれ、願い事三回つぶやくんでしょ? 無理じゃない?」
「ははっ、そうだね」
話しながら、二人も目を向けている。やっぱりみんな、流れ星は気になるんだなあ。ふふっと笑いながら、私も再度顔を上げた。しかし昴の言う通り、星は流れてこない。
「そういえば、今年だよね。願いが叶う彗星。見られるかなあ?」
「天気のいい日が続いているし、見えるんじゃないかな」
かんちゃんに言われると、本当に見られるんじゃないかって気がして、ワクワクしちゃう。
「ねえ、みんなはあの彗星に何お願いするの?」
すると最初に答えが返ってきたのは、理音君だった。
「願い事なんてアホらしいこと、するわけないじゃーん」
「なんで?」
「あのねえ、願いっていうのは自分で叶えるものなの。大体、星が叶えてくれるわけないでしょ」
そう言われると身も蓋もない。
「俺も…………願い事なんてない」
星真君は少し唇を撫でてまぶたを伏せていたけど、バッサリ言い切った。
「でも、何かひとつくらいない? おいしいごはん食べたい、とか」
「それ、わざわざ願う必要ある?」
「そうだけど! そうじゃなくてー」
伝わってほしい! と砂浜の上でバタバタしていると、波智と目が合った。
「ねえ、波智は何かない?」
「俺は…………」
「うんうん!」
「…………」
「ん? 何? 聞こえないよ」
「サッカー部で全国優勝!」
サッカー大好きな波智らしい願い事に、微笑ましくなる。そんな波智が「昴は?」と名前呼ぶと、相手は私たちの方を向いた。
「俺? そうだなあ……うーん……願い事なあ。あんまり考えたことないんだけど……」
「なんかあるだろ」
「うーん……あ。じゃあ、宙と渚がすくすく育ってくれますように、かな」
「母親かよ!」
波智に突っ込まれても、昴は「それ以外ないよ」と笑うだけ。昴らしいなと私も笑っていると、すぐ近くにいたかんちゃんと目が合った。そこには相変わらず笑顔がないけど、かんちゃんも昴のことを微笑ましく思っているみたい。柔らかい表情だった。
「かんちゃんは、願い事何かない?」
「僕は……」
ふっくらとした唇を開きかけて……でも、首を振ってしまう。
「叶わない願い事は、したくないんだ」
寂しそうに顔を逸らされ、胸がきゅっと締め付けられた。どうしたの? って聞きたくて、口を開く。けど私が喋るより先に、波智が「お前はどうなんだよ」と話を振ってきた。
「え、私? うーん……いっぱいあるけど……」
「おいしいごはん、はなしだからな」
「じゃあ……あ! みんなとの思い出が、もっと増えますように! かな」
するとみんなはそれぞれ顔を見合わせて――
「そんな願い事なら、星に祈んなくても叶えられるじゃん」
思い切り笑われてしまった。
「おいしいごはんとあんまり変わらない」
「だな! ホント抜けてるよなあ」
「そうだねえ。昔とちっとも変わらない」
「そこが、こいつのいいとこだよ」
みんなが楽しそうに話しているから、笑われたけど「まあいっか」と顔を上げる。
「あ、また流れ星……!」
紺色の空を彩る光の筋に向かって、心の中でそっと三回唱える。

『こんな幸せな日が、いつまでも続きますように』

これも願うほどじゃないかな? 
でも、お願いお星様。どうか私の願いを叶えてください。
どうかこれから先も、みんなと共に笑いあえますように――。

テキスト:浅生柚子( @asaiyuz5