【Short Story06】男子高校生の恋バナ

「ってかなんでオレたちだけなの? 代わりにやる奴なんて他にもいるじゃん!」
パチパチとプリントをホッチキスで止める音が響く中、理音は写真部の部室で不満げに声を上げた。その声を聞きながら、昴は苦笑する。
理音がぶつぶつと文句を言うのには、理由があった。
ことの経緯はこうだ。

昼休みが始まった瞬間に、他のクラスから職員室に移動中だった夕月が三年生の教室を覗き込んだ。
「写真部の子たちいる?」
「ん? 夕月か、どうしたんだ?」
「彼女は……いないみたいだね」
「あいつなら珍しくクラスの子と食堂に行ってる」
「そっか。それなら星真君と理音君を連れて、昼ご飯を持って職員室に来てくれないかな?」
「了解」
星真を誘って職員室に向かえば、夕月の机の上には大量のプリントが積まれていた。
「いやー、これからいきなり職員会議が入っちゃってね。これ、放課後に使いたいからちょっと手伝ってくれないかな?」
そんな言葉と共に渡されたのは、ホッチキスとホッチキスの芯が入った箱。
「それじゃあ、よろしくね。終わったら部室の机に置いてくれればいいから」
夕月はノート手にぱたぱたと小走りでどこかに行く。いつもならば文句のひとつやふたつ出てくる理音も、ぽかんとした表情で夕月の背中を見送っていた。その場に残された昴、波智、理音、星真は顔を見合わせながらため息を吐いた。
「神流、行っちゃった」
「……とりあえずやるしかない、よな」
「だなー」
夕月の置いて行ったプリントとホッチキスと手に部室に向かい――そして今に至る。
四人で作業を始めて十五分もすればあっという間に終わった。
机の上には、ホチキス止めされたプリントの山と持参したお弁当、それから購買部で買ったパンがいくつか。そして四人が机を囲んで黙々とお昼を食べていた。
「みんなでやったから早く終わったのは良かったけどさー」
直接夕月に文句を言えなかった代わりか、理音は作業を始めてからも口を尖らせていた。当初と比べて文句の方向性が変わっていたが、それでも文句は止まらない。
「だいたい何で野郎とご飯食べなくちゃいけないわけ。部室も狭いから更に男臭いし」
ぶつぶつと文句を言いながらも、メロンパンをぱくぱくと食べている。その様子からだと、理音が部室を出ていく気配はなかった。
「とか言いながらここに居るじゃん」
焼きそばパンを齧りながら、波智は笑う。
「今更移動するのも面倒なだけー」
「ほんとかよ?」
「ホントですー! っていうか波智がいるから男臭くなるんじゃん! 波智が移動すれば解決でしょ」
「はー? 理音の方こそ移動しろよ!」
始めはただの言い合いだったが、徐々にヒートアップして口喧嘩になってくる。登下校のフェリーの中でも頻繁に見られる光景に、星真はちらりとふたりを見てからお弁当に視線を戻した。この反応もまた、いつもの光景だ。そして、そこに昴が仲裁に入るのも。
「はいはい、二人とも落ち着いて」
昴が口を挟んだ瞬間、机の上に置いていた昴のスマフォがぶるぶると震えだす。ディスプレイをちらりと見てから、昴は何事もなかったかのようにポケットにスマフォを押し込んだ。
「電話だったのに」
「出なくていいのか?」
「んー……まあね」
曖昧な表情を浮かべていた昴に、理音がパンをぱくりと食べてから事もなげに言う。
「どうせ彼女からでしょ」
「いや、今は付き合ってる人はいないよ」
直球すぎる言葉に昴は苦笑を浮かべるが、それをよそに理音は更に問い詰める。
「じゃあ、今の何?」
「……」
「……」
理音と昴の間で無言の攻防戦が行われたが、それも一瞬で決着が付く。
「……この前番号交換してって言われた子」
しぶしぶと言った表情で答える昴に、波智はやや呆れ顔で再びパンに視線を落とした。
「ま、昴はいつもそんな感じだよな」
「いつものことって……。というかみんなのレンアイヘンレキってどんななの?」
ふとした理音の言葉を皮切りに、コイバナが始まる。
はずだったのだが……。
「って言われてもなあ……」
返って来たのは、ぼんやりとした表情の波智の言葉。波智はみんなの顔を見回して、な? と同意を求める。
「俺も星真も話すようなことなんてないし」
「別に興味ない」
星真はお弁当の唐揚げをつまみつつ答える。その様子からも、興味がない様子が伝わってくる。
「で、昴はあれだろ? まあ面白い話なんてなさそうだよな」
「……確かにそうかもね」
星真や昴はともかくそこで納得するのはどういうことだよ! と波智はツッコミそうになったが、そのツッコミをしても墓穴を掘るだけなので、一先ず黙っておくことにする。
「そういう天地君はどうなの?」
昴の振りに、理音らしからぬ歯に物が挟まったような言い方をした。
「まあ……それ以上でもそれ以下でもないって感じ」
「……そっか」
「なんか思ったよりつまんないなー」
みんなが思ったことを波智が代弁したその時、がらりと唐突に部室の扉が開いた。
「はい、手伝いのご褒美にお菓子持ってきたんだけど……って、お取込み中だったのかな」
みんなの視線を一心に浴びている夕月は少し困ったように首を傾げる。手にしていた『ご褒美』を机に置きながら、空いている椅子に座った。
「作業は終わったよ」
「うん、ありがとう。で、みんなして神妙な顔してるけどどうしたの?」
「みんなでコイバナしてたとこ」
「成程ね。で、それは盛り上がった?」
「神流は盛り上がったと思ってるわけ?」
質問を質問で返した理音に、夕月は曖昧な笑みを浮かべる。
「うーんどうだろうな」
「夕月は答えが分かってて言ってんだろー」
「はいはい、ごめんね」
「で、神流はどうなの? 大人なんだから、流石にそういう話のひとつやふたつはあるんじゃないの?」
理音の言葉に、昴も波智も星真も興味深そうに視線を投げたが……。
「うーん……どうだったかなあ」
そうは口にしながらも、一瞬、瞳に寂しい色が浮かんだ気がした。
「昔のことはあんまり覚えてないからね」
「……ふーん。そんなもんなんだ」
「そんなもん、かもね」
結局夕月のことは分からないまま、曖昧に誤魔化されてしまった。
そんな夕月を見ていた理音が、ふと我に返る。
「ってかそもそもあの子もいないし、なんでオレたちだけでコイバナとか不毛なことしてるの?」
「……」
理音の言葉に、夕月までも苦笑した。
「いやそもそも人の恋愛事情聞き始めたの理音だろ!」
「えー。昔のことは覚えてないんですー」
つい数分前の夕月の言葉を真似た理音はぺろりと舌を出して、残りのパンを口の中に放り込んだ。
「じゃ、この話終わり終わり!」
そんな風にして話を打ち切ったところで、ぱたぱたと廊下を走る音が聞こえてきて、その音は写真部の前で止まる。そして再び扉が開いた。
「あ、やっといた~! みんないないから、探してたんだよ~?」
扉を開けたのは、写真部の紅一点。
「夕月の手伝いしてたんだ」
「そっか、誘ってくれればよかったのに~」
「クラスの子とランチしてたんだろ?」
「それはそうだけどさ」
直前までここでなされていた会話を知りもしない彼女は、開いていた椅子に腰かける。そして、視線は机の上に――。
「あ! これこの前発売されたチョコでしょ! 誰が持ってきたの?」
「僕かな」
「ねえねえ、見つけたら買おうと思ってたんだけど、なかなか見つからなくて……ね、食べて良い!?」
彼女は夕月が『ご褒美』で持ってきたお菓子に目を輝かせた。先ほどまでクラスの子と昼を食べていたのだが、これは別腹らしい。
「はいはい、どうぞ」
「やった! いただきまーす!」
チョコを美味しそうに頬張る彼女を見て、不毛なるコイバナをしていた男子陣は思わず笑ってしまったのだった。

テキスト:わくわく( @wakupaka