【Short Story02】ゲーム日和

『じゃあ明日は昼過ぎに昴の家にカメラ持って集合な!』
『はーい!』
昨日の部活の最後に、波智が口にした言葉。それを思い出すと、目の前に広がる光景につい笑みが零れた。

* * *

集合場所が昴の家で近いから油断してたけど、急がないと遅刻かも……!
そんなことを考えながら小走りで昴の家に向かうと、遠くから知った声が聞こえてくる。理音君の声だ。
「で? みんな揃いも揃って遅刻な訳?」
昴の家の前に着くと、不満げな表情を隠しもしない理音君が、苦笑いを浮かべている昴に詰め寄っている。
「えっと……どうしたの?」
「あんたはもうなるから聞いた?」
その問いかけに首を傾げれば、理音君は更に声のトーンを落とした。
「三人が今日のフルメンバーなんだって」
「あ、そういえばさっきそんな連絡あったかも……」
「ほんとそう言うの、早く言ってよね!」
今日は天気もいいということで、昨日の部活で、写真部のメンバー全員で集まって写真を撮ることになっていたのだ。
けれど朝になって星真君は家の都合で、波智はサッカーの練習が入ってこれなくなった……という連絡が入っていた気がする。
「っていうか星真と波智は分かるとしても神流は何なの!?」
「確か昼から山下のおじいちゃんに飲みに誘われたとか言ってたような……?」
「それ、確か大石さんも一緒の飲み会だっけ?」
知っている情報を理音君に伝えれば、「も~!」と唸り出す。
(理音君、ヒートアップしてるなあ……)
そして、理音君の口から出たのは。
「駄目教師!」
かんちゃんはきちんとした大人で、教えるのも上手な先生で。自慢の幼なじみのはずなのに。
「……」
「……」
脳裏に浮かぶのは、写真部の部室でうつらうつらしていたり、お猪口を片手に近所のおじいちゃんたちとお酒を飲んでいる姿。
私も昴もそんなことないよ、なんて力強く否定できる言葉も見つからなくて、一緒に苦笑いを浮かべていた。
「みんな集まらないならオレこなきゃ良かったんだけど!」
まあまあ、と怒り気味の理音君を宥めていると、昴は突然玄関の扉を開けた。
「あ、そうだ」
「! な、なに……?」
「天地君、一応今日は時間あるんだよね?」
「まあ時間はあるけど……っていうかみんなで写真撮るつもりだったから予定入れてないんだけど」
そっか、と昴は嬉しそうな表情を浮かべる。
「それなら今日は写真部の活動はいったん休みにして、これ、やらない?」
これ、という言葉と共に、昴は靴箱の上に置いていたらしいコントローラーとゲームのパッケージを私たちに見せる。そのパッケージには、キャラクターたちがそれぞれ車に乗ってゴールを目指している様子が描かれていた。
(靴箱に置いてたってことは、直前までこれやってたんだろうなあ)
その証拠に、昴の服の襟には眼鏡がかけられている。
「前に発売されたゲームなんだけど、誰かと対戦してみたかったんだ」
「は? ゲーム? やったことないんだけど……っていうかコントローラーもないし」
「大丈夫大丈夫、コントローラーならあるから。それに面白いんだけど、こいつじゃ相手にならないんだよ」
「あ! 相手にならないって酷い!」
「でも事実だろ?」
「う、うう……」
確かに昴とゲームで対戦をして相手にならないのは事実かもしれないけど……。でもそれは昴が上手すぎるだけだと思う。波智もきっと同じことを言うに違いない。
「という訳でさ。やろうよ。ね?」
「ちょ、ちょっとなるってば!」
いつもの数割増しの押しでぐいぐい来るものだから、理音君は戸惑っている。けれど、このゲームモードになった昴は、ちょっとやそっとのことでは止められない。
「昴もこういってることだし、諦めてゲームやってみよう!」
「わ、分かったってば! そんなにせかさなくてもちゃんとやるって!」
困惑した表情のまま、理音君と共に昴の部屋に向かった。

昴の部屋に入るなり、理音君は昴にコントローラーを手渡された。そしてこのゲームの基本の操作説明やちょっとした小技の説明が始まり、理音君はそれをふんふんと頷きながら真剣な表情で聞いている。
「って訳で、早くゴールした方が勝ち。何かわからないことある?」
「これ、早くゴールするためには他の人に妨害するのもありなんだよね?」
「そうそう! そこに気付くとはやっぱり天地君は筋がいいな。他に質問は?」
「んー……やってれば分かると思う」
いつも以上に昴のテンションが高くて、そんな昴を見ていて不思議と嬉しくなる。そして説明を聞いているうちに、理音君はやる気十分になったらしかった。
「分かった。それなら始めようか」
昴はおもむろに襟に引っ掛けていた眼鏡をかける。ゲームをするときにいつもの昴のスタイルだ。
そして、昴VS理音君の対戦が始まった。
―のだけれど。

「待って! それ聞いてないんだけど!」
「ああ、それさっき言ってた妨害の一種だよ」
「てか何その技!」
「これはさっき取ったアイテム使うと確率でこうなるんだよ」
昴は初心者にも容赦なく、あっという間に勝敗がついてしまった。昴の圧勝なのは想像通り。
一位でゴールした昴のマシンを見ながら、今やっと理音君のマシンがゴールする。結果は下から二番目。
理音君はコントローラーを投げ出さんばかりに悔しがっていた。……ちょっと怒ってるって言った方が正しかったかも知れないけど。
「っていうかこっちは初心者なのに手加減ってものを知らないの!?」
「勝負は勝負だからね。……天地君は手加減されて勝ちたいの?」
「!」
普段の昴らしからぬ言葉に、ゲームモードの昴だ、と苦笑する。
少し前に理音君をまあまあと宥めたけれど、今度は昴をまあまあと宥めなくちゃいけないかも知れない……なんて思ったけれど。
「上等じゃん。手加減なんてなくても勝てるし! ほらなる、もう一回!」
理音君は、果敢にも昴に再戦を挑んでいた。
「そうだな、もう一回やろう」

あれから何回やっても昴には勝てないままだったけれど、理音君は確実に上手くなっていた。
「あー! 今の妨害、もうちょっと遅かったらなるに当たってたのに!」
「そうだな、今のは危なかった!」
徐々に追いつかれそうになっているのに、昴はどこか楽しそうに見えた。
「コーナー上手く回れるようになったからやっと二位取れた! あとはなるに勝つだけ!」
「理音君、もうちょっとで勝てるね!」
「ぜ~~ったいなるに勝つから」
「俺もそう簡単には負けないからな」

そして、何度目か分からない対戦で、その時は訪れた。
最後の直線で昴と競っているときに、理音君は持っていたアイテムを使って加速。そのまま僅差で理音君のマシンが最初にゴールを踏んだ。その直後に、昴のマシンがゴールする。
「やった~! なるに勝った!」
「凄い! 昴に勝てるなんてすごいよ!」
コントローラーをベッドに置いて喜ぶ理音君とハイタッチをしていると、はっとしながら顔を背けた。
「っていうかまあオレが本気になればこんなもんだからね!」
照れ隠しなのか、耳が少し赤いのは見ない振り。
「天地君はやっぱ飲み込みが早いし筋もいいな。それに……」
「それに?」
負けたのに、昴の表情は明るかった。
「波智より上手いし、楽しかった」
「! ……そ。オレも楽しかったし、またやってもいいかもね」
それは案外分かりやすい理音君の本音で。昴と顔を見合わせて、笑ってしまった。

* * *

「そうだ、じゃあ今度はこれやってみる?」
ゲームのパッケージが収められた棚をごそごそと漁りながら、昴は次に遊ぶゲームを取り出した。確かそれはパーティーゲームだった気がする。
「あ、そのゲームだったら三人でもできるよね。今度は私もやりたい!」
「え~、あんた弱くて相手にならなそう」
「確かに昴よりは弱いかもだけど! でも理音君には負けないからね」
「ふ~ん。じゃあやって確かめるしかないね~」
「意外とこれは運要素があるから、こいつもそれなりに強いだろうし」
「よーし二人に勝つからね!」
そうして、新たなソフトをゲーム機にセットして三人でゲームを始めた。

本当は写真部のみんなで写真を撮る予定で、それが急遽ゲームをする会になってしまったけれど。
「ほら、次お前の番だぞ」
「あ、はーい」
ゲームでまた少し理音君のことが分かって。
これはこれでいいな、なんて思いながらコントローラーを握り直した。

テキスト:わくわく( @wakupaka