【Summer Story01】Summer memory

「折角だし、夏っぽいもの撮りたいな~」
空に広がる大きな入道雲を見ながらそう呟くと、隣を歩いていた昴がそうだな、と頷いた。
「ん~夏っぽいものか……。例えば?」
「例えばか~」
アイスに風鈴、麦わら帽子やスイカ……。あと、そうめんとかバーベキューも夏らしい?
頭の中に浮かぶ「夏らしい」ものは食べ物ばかり。徐々に入道雲もソフトクリームに見えてくる始末だった。
「色々あるけど……ヒマワリとかどうかな?」
「ヒマワリか、いかにも夏って感じだな」
「でしょう? きっと写真に撮ってもきれいだと思うし」
確か山下さん家のばーちゃんが、そろそろ見頃だって言ってたかも、と波智は呟く。それなら、もう決まりだ。
「なあなあ、それなら夏休み中だし臨時の写真部部活動ってことにしようぜ!」
「いいね、賛成! みんなも誘おうよ!」
ひとりより二人、二人より三人。楽しいことは沢山の人と共有できた方が楽しい。
「了解。あいつらにも声かけておくな」
「昴、よろしくな」
とんとん拍子で、臨時部活動の話が進んでいく。
「じゃあ、また明日ね」
「だな」
こうして、臨時の部活動をすることになったのだった。

* * *

「やっぱり熱いね~」
呟いた言葉も、暑さに溶けていく。
強い陽射しが照り付ける中、私は麦わら帽子を深くかぶり直した。周りには、私たちの身長ほどもありそうなヒマワリたちが太陽に向かって咲いている。
「でも、この熱さがないと夏っぽくないよね~」
「確かにそうだけど……。でも暑いものは暑いよー!」
隣にいた星真君もこくりと頷いている。
「夕月、全然暑く無さそうに見える」
「大丈夫、ちゃんと暑いよ~」
そんなことを言いながらも、かんちゃんの額には汗一つない。
(もしかしてかんちゃんの周りだけ涼しいとか……?)
「それほんとなの?」
理音君はあまり暑さが得意ではないようで、刺すような陽射しは少し辛そうに見える。それに対して、はつらつとしているのは――。
「お、あのヒマワリだけ太陽とは別の方向いてるな! ヒマワリ界にも変わり者っているんだなー」
「波智、暑くないのかなあ?」
「ね。波智は相変わらず元気そうだよな。それどころか、いつも以上に元気っていうか」
波智はこの暑さをものともせず、太陽の下を平気な顔をして歩いている。
「あー。まあこれくらいの暑さならな。ってか、この暑さの中でサッカーするくらいだし、へばってられないんだよなー」
「成程ね」
「暑くないためのコツくらいあるんじゃないの?」
きっと波智のことだから、コツのひとつやふたつ知っているだろうと踏んで、理音君が問いかける。
「んー……」
星真君ですら、言葉の続きを期待して待っていたけれど……。
「気合い!」
「……」
「……」
帰って来た言葉に、思わずみんなの表情を見回してしまった。
「はあー? 聞かなきゃよかった。っていうかもっと暑くなってきたかも」
「それは確かに……」
そんな話をしながら、私たちはヒマワリ畑の中を進んで行った。

それからしばらくすると、写真タイムになった。みんなはカメラを構えて、思い思いの場所に足を延ばしている。
私もそれに漏れず、ファインダー越しの世界を見ながら歩いていく。撮りたい、と思えるものを探して。
それはまるで、まだ誰も見つけたことのない宝物を探すのにも似ていた。
(あ、なんかこっちの方がいい写真が撮れるような気がするかも)
自分の感覚を信じて、先へ先へと進んでいく。こういう時の感覚はあまり外れない。

ヒマワリの鮮やかな黄色と雲一つない空の色が眩しくて、目を細めた。そのコントラストがあまりにも綺麗で、思わず何度もシャッターを切る。
(確かこういうときって、ホワイトバランスを調整するんだよね……?)
前に星真君に言われたことを思い出して、カメラの設定を弄っていく。
(今は空の青を綺麗に撮りたいから赤色を強くして、ヒマワリの黄色を強く出したいときは、青色を強くするんだよね……)
設定を変更してから、もう一度シャッターを切る。撮った写真を確認してみると……。
「あ、今のは結構うまく撮れたかも!」
思った通りの写真が撮れて、ふわふわとした気持ちになる。
(だんだん撮るのが上手くなってるってことかな?)
そうだったならいいと思いながらも、撮ったばかりの写真を誰かに見せたくて。
「ねえねえ、これ良く撮れたから見てみて――」
カメラから目を外して、近くにいる誰かに声を掛けた、はずだった。
「……あれ?」
周りには背の高いヒマワリばかりで、誰もいない。通って来た道も、これから行く道にも、人影は見えない。写真を撮るのに夢中になっていたら、遠くに来てしまったのかも知れない。
(みんな、どこにいるんだろう……)
そのことに気付けば、途端心細くなってしまう。まるで、この世界には、私以外の誰もいないみたいな――。
気温は暑いはずなのに、ぞわりと寒気が身体を走っていく。なんだか、怖い。
「……みんなを探さなくちゃ」
今まで聞こえていたはずの蝉の声も、どこか遠くに聞こえる。
みんなのところにいかないと、そんな気持ちをぐっと抱きしめて元来た道を進もうとすると――。
「どこ行くんだよー!」
知った声が遠くから聞こえてきて、ほっとした。
(大丈夫、みんなちゃんといる)
「はーい、そっち行くー!」
聞こえて来た声を頼りに、道を進んでいく。少し歩けば、みんなの姿が見えて、ようやく蝉の鳴き声も現実味を帯びて聞こえた。
「ごめん、ちょっと夢中になっちゃって」
「お前のことだからそうだと思ってた」
「迷ったのかー?」
昴にはお見通しだったみたい。
「へへへ、バレてたみたい。だってヒマワリの背が高くて、迷路みたいじゃない?」
「それは分かる」
「さっきも、夕月がふらふらっといなくなったしな」
かんちゃんらしいかも、と笑えばかんちゃんは首を傾げている。
「そんなつもりはなかったんだけどなあ。気付いたらみんながいなくなってただけで」
……多分、昴の言う通りかんちゃんがいなくなったんだと思う。
「っていうかあんたがそんな夢中になってたってことは良いの撮れた訳ー?」
「うん! ほら、見てみて!」
デジカメの画面をみんなに見せれば、ほう、と息を吐く音が聞こえる。
「ふーん、やるじゃん」
「よく撮れてる」
その言葉に、もう一度嬉しくなった。

ヒマワリ畑をみんなで歩いていると、そう言えば、と理音君が口を開く。
「あっちにもいい感じの風景あったよ。ねえ星真、綺麗な撮り方教えてよ」
「……」
「星真ってば!」
「…………」
いつも通りの理音君に、いつも通り星真君は眉をひそめる。それでも星真君は嫌だ、とは言わなかった。……言っても結果は変わらないからかも知れないけれど。
「確かこの先って海……だよな?」
「そうだね~」
「ほら、お前も行くだろ?」
「勿論!」
次の宝物を目指して、みんなは先を歩いていく。
(今度はみんなとはぐれないようにしなくちゃ)
その後ろをついて行こうとして……私は気が付いた。
「あ!」
一筋の飛行機雲と、空よりも深い色の海、大輪のヒマワリ、それから――写真部のみんなの笑顔。
(ここにもあった……)
私だけの宝物を見つける。こんな身近にもあったんだ。そう思いながら、この瞬間を切り取るようにシャッターを切った。

テキスト:わくわく( @wakupaka