【Birthday Story01】Memory Album

授業後の喧噪の中、星真はほっと息を吐いた。
(やっぱり学校は……疲れる)
写真部の活動もないのに星真が登校したのは、前日に理音が口をうるさくして「明日は絶対学校来てよね! 来てくれなかったらずっと付きまとうから!」と言ったからだ。何故理音がいきなりそんなことを言いだしたのかは分からなかったが、断ったらもっと面倒なことになることは経験上分かっていた。
そんな理音の剣幕に押されてしぶしぶ登校したが、ホームルームも終わってようやく帰宅できる。
さっさと帰って、カメラの手入れをしよう……なんて思いながら教室を出た時だった。
「あ、星真君来たよ!」
教室を出たところで真っ先に存在に気が付いて声を上げたのは、写真部の紅一点。彼女が気が付いたのを皮切りに、写真部の面々が口を開いた。
「おし、今日はこのまま昴ん家な」
「ほらほら、早くいこー」
みんな勝手なことを言いだして、波智は首に腕を回し、理音はぐいぐいと星真の背中を押す。相変わらずの強引さだった。
なんで揃ってここに居るの? そもそも昴の家ってなんで? 星真の頭には疑問符が浮かぶばかり。
「何で、いきなり?」
「行けば分かるって」
行けば分かるって、何が?
波智から、答えになっていない答えを提示される。怪訝な表情を浮かべる星真を見て、昴は駄目押しの一言を吐き出した。
「今日だけは頼むよ。俺たちのは今日じゃないと意味がないんだ」
どこか必死な表情に、星真は溜息をついた。きっとこれが、理音の言ったこととも関係があるのだろう。ここで嫌だ、なんて言ったら言葉通り明日からはもっと付きまとわれるに違いない。
「……分かった」
「やった! それなら星真君、早く行こう!」
一体なぜ昴の家に写真部のみんなで集合なのか。
その理由はさっぱり分からないまま、みんなに連れられて星真は学校を後にした。

フェリー乗り場でフェリーが来るのを待っていると、写真部顧問にして担任の夕月がふらりと姿を見せた。教師という職業は忙しいもののはずだが、夕月を見ているとどうしてかそうは感じない。
「良かった。かんちゃん、間に合ったんだね」
「何とかね。職員室出る時に教頭先生に捕まりかけたところを振り切って来たんだ。もしかしたら明日ちょっと怒られちゃうかも?」
これで写真部は顧問を含めて全員集合だ。夕月は未だに訳が分からない、と言った表情を浮かべている星真を見て、くすりと笑った。
「そっか、星真君はこの目的を聞かされてないんだね」
「何するつもりなの」
「それはきっと星真君自身が一番知ってるはずなんだけどね」
「俺が一番……?」
それが分からないから聞いているというのに。夕月は微笑んだまま、けれど答えを教えてはくれない。
「それなら分かるまで秘密。大丈夫だよ、きっとすぐに分かるから」
それきり夕月はぼんやりと海を見つめてしまう。潮風に吹かれながら、フェリーはあっという間に星波島へと到着した。

何度も訪れたことのある昴の家の前に着くと、星真はただ一人、波智に待っているように指示される。
「準備してくるから、いいって言うまでは待ってろよ」
「ぜっったい入ってきちゃ駄目だからね!」
そんな言葉を口にした理音は、ぴしゃんと扉を閉めてしまった。
「待ってて、って……」
強引に連れてこられたと思ったら、今度は玄関先で放置だ。一体何がどうなっているのやら。
(意味わかんない……)
することもなく、玄関先でぽつんとたたずんでいると『準備』をしているらしい家の中からは様々な音が聞こえてくる。
『それはテーブルに置いて!』という昴の指示だったり、『神流ちゃんと手伝ってってば!』という理音の文句、そして『うわっ! こ、転ぶところだった……』という彼女の焦った声だったり。随分とどたばたしていることが、外にいても聞き取れた。
外で『準備』を待ってから十分程が経つ。そんな騒がしさがいっそ眠気を誘うようで、徐々に眠くなってくる。いつ準備は終わるんだろう。大きな欠伸をしたところで、ようやく扉が開いた。
「星真君、お待たせ!」
にこにこと楽しそうな様子でおいで、と手招きされる。彼女と共に玄関を潜り廊下を抜け、居間の扉を開けた瞬間――。
「ハッピーバースデー、星真!」
みんなの声が、昴の家に響く。星真の目に入って来たのは、『誕生日おめでとう』と書かれた紙と、折り紙で飾り付けされた居間だった。
「お、星真驚いてる! 大成功だな」
「みたいだね、途中でばれないか心配だったんだよ」
テーブルの上にはコンビニで買ったと思われるスナック菓子やカットされたフルーツ、クッキーその上ケーキまでもが乗っている。
「これ……」
「うん、星真君の誕生日会だよ。お菓子パーティーなの」
「俺の?」
「このために昴は昨日からケーキ焼いてたしなー」
「猫まんま程自信はないけど……」
お腹すいたんですけどーと理音は口を尖らせる。サプライズが成功して安心したからか、どこからともなくお腹がなる音が居間に響いた。
「今の、あんたでしょ」
「違うよ! そんなことより早く始めようよ!」
理音がにやにやしながら彼女に話しかけると、顔を赤らめる。そんな様子を見ていた夕月が「始めるんじゃないの?」と声をかけた。その声に、ようやく誕生日会と言う名のお菓子パーティーが始まった。
昴のとっておきのケーキは好評で、瞬く間にみんなのお腹の中に収められていく。パーティーが始まってから三十分もすれば、テーブルの上に乗っていた食べ物たちのほとんどが姿を消していた。
「昴のねこまんまも美味しいけどこれもほんと美味いなー」
「とか言って波智はケーキ以外もばくばく食べてるじゃん」
波智がもりもり食べていたところ、昴に「それは星真の分だから」と叱られたばかりだ。
「腹減ってたんだよ。てかこいつらが食べたそうにしてるのが悪い!」
だから俺は悪くないと自信満々に言い切る波智に、夕月は「波智らしいね」と苦笑した。波智は最後のクッキーを食べてから、思い出したようにそうだ、と声を上げる。
「そいや星真が今日の主役じゃん。なんかやりたいことないのかー?」
「私たちができることならやるよ!」
「……うん、と」
少し星真は考え込んで、それからやりたいことをみんなに告げた。

* * *

それから十五分後、写真部のメンバーがいたのは昴の家から程近い海岸沿い。
星真が言った『やりたいこと』は写真を撮ることだった。

海岸沿いについてから、みんな思い思いの方向にカメラを向けていた。
同じ瞬間が訪れることは無いように、全く同じ風景を切り取ることもできない。その瞬間にしかないその風景を切り取りたくて、みんなは夢中になってシャッターを切っていた。
彼女と波智は海を、理音は空にカメラを向け、昴はそんな彼らの様子を撮っているようだった。夕月は顧問らしく、みんなの様子を見守っている。
こうして提案を受けた側のみんなの方が夢中になっていて、結局「誰のやりたいこと」なのか分からないくらいだ。
(だけど、これも悪くないかも)
胸にじんわりと暖かいものが広がっていく。
(今のこれ、残しておきたい)
星真も衝動的に手元のカメラのファインダーを覗きこんでシャッターボタンに手をかけ――。
「あ!」
突然大きな声を上げた理音に、みんなも何事かと理音を見る。
星真はシャッターを切ることはなく、覗き込んだファインダーから目を離した。
「さっきまで綺麗なオレンジだったのに……気付いたら今度は月が出てるじゃん!」
「本当だ……」
群青色に染まりつつある空には、綺麗な半月が薄らと浮かびあがっている。夢中になって写真を撮っていたから、時間が経っていることに全然気が付かなかったのだ。
「ね、星真! 月の綺麗な撮り方教えて!」
「面倒」
「星真ってば!」
「……カメラを動かさないようにすればちゃんと撮れる」
「そうなの!? そんな簡単にできるならやってみる」
いつものように星真に撮り方を聞く理音を見て、昴は笑った。
「結局いつもとあんまり変わんないな」
誕生日の「やりたいこと」なのに、普段の部活動と同じようにみんなで写真を撮って。
「確かにそうかも」
海岸には、いつもと変わらないみんなの笑い声が響いていた。

いつか、今日というこの日も過去になってしまう。過去になったら色あせるばかりで、温度も、色も、感情も鮮明に思い出せなくなると思う。
だから、今感じたこの一瞬を留めておけるように心のカメラのシャッターを押す。
現像はできないその写真を、自分の中に大切にしまっておくことにした。

テキスト:わくわく( @wakupaka