【Winter Story01】シャッターの向こうには――

その一言が部室に響いた瞬間、全員目が点になった。

「学校案内のパンフレットに載せる写真を、みんなに撮ってほしいんだって」

本土にある南海高等学校。その写真部の顧問で、私の幼なじみである神流夕月先生――かんちゃんは、のほほんとした声で告げた。12月の部室は日差しが入り込んでいても寒い。私はちょうど両手を擦り合わせて、息を吹きかけているところだった。
「え? ど、どういうこと……?」
戸惑う私に向かって、かんちゃんが人差し指を一本立てる。
「ほら、最近星波島の観光パンフレットの写真を撮ったでしょ。それが校長先生に伝わったみたいなんだよね。しかも今更、有名な写真家先生がうちの部にいるって知ったらしいんだよ」
最後のセリフは、この部を起ち上げるキッカケとなった宇良星真君に向けられたものだった。目を向けると、彼は案の定フードで半分隠された顔に嫌悪感を滲ませている。
都会出身の星真君は、中学の時に星波島にやってきた。向こうでは『若き天才写真家』と言われていろんな写真を撮っていたみたい。でも、こっちに来てからしばらくは写真を撮ることもせず、引きこもっていた。過去に何があったのかは知らないけれど、写真家時代の話をするといつもこんな風に不機嫌になってしまう。
「俺は嫌だ」
ほら、やっぱり。よし、ここは一歳違いだけど私が年上だし、なだめなきゃ!
すぐに口を開こうとしたけど、その役目は恒上波智に奪われた。
「別に星真だけに撮れって言ってんじゃねーんだろ? そんな拗ねんなって」
波智は乱暴な手つきで星真君の頭を撫でる。とは言ってもフードの上からだから、髪は乱れなかったけど。
波智はこの写真部を作った張本人で、私の幼なじみ。根っからのサッカー少年が写真部なんて! と最初はクラスメイトにも驚かれたけど、今じゃ部活の合間を縫って写真を撮っている姿が当たり前になった。仲間のサッカー部員たちも波智のことを認めていて「サッカー部の記録が残っていい」と言っている。
そんな波智の前で、写真部が過去に撮った作品を収めたアルバムを見ていた天地理音君が、眉間に皺を刻みながら顔を上げた。彼も都会出身で、四ヶ月ほど前に星波島へ越してきた。芸能人として活躍している理音君がやってきたことで、最初はクラスメイトたちが「撮影?」と大騒ぎしたっけ。だけどその理由は「星真君に写真を撮ってもらうため」だったんだから、更にびっくり!
理音君はいつの間にか星真君に写真の撮り方を教えてもらうようになった。星真君は面倒がっているみたいだけど。
「あのさー、素人の写真が使われるとでも思ってんの?」
「そんなのわかんねーだろ! だって夕月は、写真部にお願いがあったって言ったじゃねえか」
「それは建前でしょ。本音は、プロの写真使ってアピールしたいだけ。大人の世界なんてそんなもんだよ」
呆れた、とばかりにため息をつき、首を振る理音君。その態度に、波智のキリッと整った眉が更につり上がった。波智と理音君は相性が悪いみたいで、口喧嘩が絶えない。だからきっとここから言い合いになる……そう思って、私は今度こそと意気込んだ。
けど、今度も私より先に口を開く人が。
「波智、ストップ。天地君の言うことは確かに一理ある。でも天地君、これは一応写真部への依頼だから、採用されなくても部員全員で頑張ろうよ」
口元に笑みを湛えたままなだめたのは、私のもうひとりの幼なじみである、鳴海昴だ。こうやってみんなの間を取り持つのが上手。みんなも、昴の言うことなら聞いてしまうみたい。
行き場を失った言葉は飲み込んで――
「昴の言う通りだよ! とりあえずみんなでやってみよう」
昴を後押しする言葉に切り替えた。
理音君も波智も写真を撮ることに意義はなかったみたいで「まあ」と口をモゴモゴさせながら頷いてくれた。ホッと胸を撫で下ろし、私はさっそく自分のデジカメを持って立ち上がった。
「よーし! さっそくみんなで、学校のイイトコ撮っちゃうぞー!」
右手を上げて言葉のない「えいえいおー」を……しそうになった腕は、星真君に引っ張られた。いつの間に立っていたのか、私の後ろにいた星真君はボサボサの髪に隠れた目で訴えた。「嫌だ」だって。

* * *

南海高等学校の自慢と言ったら、なんと言っても……
「屋上から見える海だよね!」
興奮気味に話す私の横で、星真君は黙々と遠景の海をカメラに収めていた。そんな彼の手元を覗き込んだり、視線を追ったりしながら、理音君も海を撮る。
星真君は最後まで渋っていたけれど「これも部活動だよ」と、かんちゃんに言われてしまい強制参加になった。
唇を尖らせて不服そうだけれど、一度カメラに触れると真剣な目つきに変わる。その姿は、まるで世界そのものを自分の手に閉じ込めようとしているみたい。実際星真君の写真は、89ミリ×127ミリなんて思わせないくらい、どこまでも世界が広がっているように見えるのだ。
そんな星真君が人物を撮ったら、どんな作品ができるんだろう? 気になるけど……星真君は絶対に人物を撮らない。
星真君の技を盗もうと、理音君は目を光らせる。
「見ないで」
「別にいーじゃん。あんたが教えてくんないから、見て覚えてんの」
「邪魔」
「邪魔しないトコで見てるって。ほら」
そうは言っても、一度見られていることを意識すると、なかなか集中出来ないみたい。星真君の動きが鈍りだした。でも、理音君は視線を逸らさない。
カメラが身近にあった仕事をしていたからだと思うけど、彼の撮る写真も素敵。加工していないのにキラキラして見える。
(でも、どことなく遠くに感じるのは、私の気のせいかな?)

そんなことを思いながら、次に私たちが向かったのは各教室や図書室。
ここでも星真君を先頭にして、みんながカメラを向ける中、波智はなぜか人体模型に焦点を当てていた。何をしているんだろう、と見てみる。すると、波智の口元にいたずらっ子のような笑みが浮かんでいるのが見えた。きっと波智のことだから、「面白そうなもの見つけた」なんていう理由で撮ってるんだろうな。
呆れ半分、だけど昔と変わらないでいてくれる部分がかわいいと思えるの半分。ついつい笑っていると、眩しい光に襲われ思わず目を閉じてしまった。直後「あーあ」という声が。なんだろうと思ったら、かんちゃんが私にスマホを向けていた。
「え……い、今撮ったの、かんちゃん!?」
「うん。君が楽しそうな顔してたから、撮っちゃった」
「もー、いきなり撮らないでよ~。びっくりしちゃった」
かんちゃんは悪びれもせず、スマホの画面をこちらに向けて振っている。フラッシュを焚いて撮ったせいで、全体的に白っぽい気がした。不意打ちで撮られてしまったけど、目を閉じてなくてよかった……と胸をなでおろす。
かんちゃんは写真部の顧問だけど、写真のことはまったくわからない素人。だから、基本的にあまり写真を撮らない。なのに時々、思い立ったように撮るからいつもびっくりしちゃう。
唇を尖らせて「もー」と訴えていると、星真君の声が届いた。顔を向けると、彼は教室の壁を指している。
「波智、止めなくていいの?」
言われて見てみると……波智は人体模型に変なポーズをさせていたので、慌てて駆け出した。

* * *

次に向かったのは、運動場だった。
ここでは波智がはしゃいでいたけど、レンズを向ける先はサッカー部だけ。波智が撮るのは、いつも興味のあるものばかりなのだ。それをわかっているから、昴は野球部やテニス部を主に撮っている。
昴の写真は、星真君とは正反対で人物が多い。しかも笑顔だけじゃなくて、落ち込んだ顔や悔しそうな顔など、たくさんの表情をつぶさに捉える。昴の写真には、まるで人の一生を記録するような強さが宿っているように私には見えた。
でも――
「こーら。俺を撮るなって言っただろ」
昴は、自分が写真に映ることを嫌う。しかも、小さい時からずっと。だから我が家にあるアルバムはもちろん、鳴海家にあるアルバムさえ昴が映っているものは少ない。まあ、最近は私が隠し撮りしてるけど。
星真君もレンズを向けると嫌がるけれど、昴の場合は少し意味が違うように思えた。
「せっかくだし、頑張る写真部の面々ってお題で撮ろうと思ったのになあ。活動記録にもなるし」
「それなら、俺以外を撮ればいいだろ。ほら、波智なんてパンツが見えてるのに気付かないくらい集中してる」
言われて視線を向けると、波智は中腰になってサッカー部の姿を追っていた。サッカーをやっているからこそ、どのタイミングが一番絵になるかわかるのだろう。その一挙手一投足を見逃すまいと必至になっていた。
昴は「相変わらずだな」と苦笑しながら、そんな幼なじみの後ろ姿を写真に撮る。私もおかしくて、クスクスと笑いながら写真に収めた。

楽しいことがいっぱい詰まっている、南海高等学校。
ここは、私が二番目に好きな場所。
本土の高校の中では生徒数が少ないし、空き教室も目立つ。それでも、ここは私の大切な友達と大切な思い出がたくさん詰まっている。だから私は、この場所を大切にしたい。
その気持ちを胸に、最後に校舎の全景を写真に収めた。

その姿をまたかんちゃんに撮られてしまい、私は本日二度目の「びっくり」を経験することになった。

テキスト:浅生柚子( @asaiyuz5