【Spring Story01】spring star

冬がゆっくりと遠ざかり、身を包む風がやわらかくなり始めた。
「もうすぐに春がくるんだね」
ぽつりと呟いた言葉が、胸に痛い。
いつもなら心踊る季節の訪れを寂しく感じてしまうのは、今年は出会いの季節よりも別れの季節の意味合いが強いからだ。
 散歩に行くと家を出て、生まれ育った島をのんびりと歩いて周り、辿り着いたのは馴染みの浜辺だった。
この場所で、昴と波智と、夕月が島を出る前は夕月も一緒に星を見上げた。
当たり前のように過ぎていった時間は、本当は奇跡みたいな瞬間の重なりで、過ぎてしまうと二度と訪れてくれない事に気づいた時には、別れが近づいていた。
寂しい、と言葉にすれば止められなくなるのは分かっていたので、ぐっと堪えてきた。
それでも、ふとした瞬間に、零れ落ちそうになる。
「だめだよね……」
言い聞かせるように呟いた言葉。
「何がダメなんだ?」
「え……」
その言葉に返事が来るとは思わず振り返と、そこには声の主である波智と昴が私の方に向かって歩いて来ていた。
「どうしてここに……」
そう言いかけて、言葉を飲み込む。ずっと、片時も離れる事なく一緒に育って来た幼なじみだからこそ、分かってしまうんだ。
――私がここにいる事、いる理由が。
「これ作ったから、一緒に食べようと波智とお前の家に行ったら、波智は掴まったけど、お前は散歩に出たって聞いたから、ここじゃないかと思ったらやっぱりここにいたな」
そう言いながら昴が差し出したのは、揚げ物のお菓子。
「あ……」
お菓子を見て目を輝かせた私を見て、波智がニヤッと笑いながら頭をくしゃくしゃと撫でる。
「ちょっと~~」
「腹減ってるからそんなしょぼくれた顔してんだろ? 単純だな~」
「……そんなんじゃ……」
ないよ、と言いながら、いじけるように波智の顔を見ると、からかうように笑う波智の表情は明るくて、寂しい気持ちを吹っ飛ばしてくれた。
「お腹が空いていないなら後で食べなさい」
困った顔で笑う昴の手からお菓子を受け取ると、甘い香りが鼻孔をくすぐった。
器用な手が作り出す甘いお菓子と元気をくれる太陽みたいな笑顔は、私の宝物。
この島で育ったからこそ、手に入れられた宝物。
「そうだよ~。波智の言う通り、お腹空いていて元気がなかったんだ。だけど、これを食べたらすぐに元気になっちゃうかもね。だから、波智の分まで食べちゃおうっと」
受け取ったお菓子をぎゅっと抱え込むと、走り出した。
「ちょ、まっ!!」
私の後ろを波智が追いかけてくる。きっと昴は、そんな私達の様子を、優しい微笑みを浮かべながら見守ってくれているのだろう。
目の前には、大きく広がる青い、青い海。
耳に届くは、絶え間ないさざ波の優しい音。
通り過ぎていくのは、愛おしい日々と春を抱きしめたあたたかくてやわらかい風。
当たり前に過ぎていく時間は、二度と訪れはしないけど、私の心の中に宝物としてずっと残る。
過ぎ去った愛おしい日々を抱きしめながら、これから訪れる時間を大切に過ごそう。
そう思うと心がふわっと軽くなり、自然と笑みが漏れていた。

テキスト:浅生柚子( @asaiyuz5