【Short Story01】カンナのおさんぽ日記

ワタシの名前は『カンナ』
神流夕月っていう、お酒が大好きなだらしない大人に飼われている元・野
良猫。
ずっとトウキョウで暮らしていたけど、今は夕月の実家がある星波島って
いう島に住んでいる。いつも夕月はワタシを家に閉じ込めるけど、狭いの
は耐えられない!
だから今日も前足で窓を開け、広い庭に下りると海に向かって歩いて行く。

長い尻尾をピンと垂直に立てて、ヒゲを揺らしながら坂道を下っていく。
もっと風を感じようと塀を伝って歩いていると、目の前にふわふわの女の
子が現れた。
「やっぱりカンナだー。お散歩してるの?」
彼女は、夕月の大事な幼なじみのひとりだ。
いつもニコニコ、太陽みたいに眩しい笑顔を浮かべている。今も、ワタシ
に向かって手を振りながら、笑いかけていた。
「私もお散歩してたんだー。あ、カンナも一緒にお出かけする?」
返事の代わりに塀から下りて横に並ぶ。それだけで彼女には伝わったみた
いで、「行こう」と微笑んで歩き出した。

しばらく行くと、海岸近くにあるお店から、小さな袋を手にした昴が出て
きた。
(食べ物?)
昴の元へ駆け寄って、足に身体を擦り寄せながら甘い声で鳴く。でも昴は
「ごめんな」と謝るだけで、何もくれない。
「何買ったの?」
「雑誌」
「あーいつものゲーム雑誌でしょ。ホント昴はゲーム好きだよね」
その声は呆れているというより、優しい音をしていた。
そんなふたりを見つめていると、ふとお腹にあたたかな感触が。なんだろ
うと思う間もなく、視線が高くなってふたりの顔がすぐ前にやってきた。
「カンナ、また抜け出したんだね。めっ! だよ?」
夕月はワタシを叱っているのに、顔は全然怖くない。だからワタシは夕月
の顔を舐めて「ごめんね」と伝える。
「もう~そんな風に甘えてもダメだよ。本当、仕方のない子だね」
言葉と違って、顔は怖くない。むしろ嬉しそう。
よかった、と安堵してもう一度鳴いた。そんなワタシの顔を、ひょい、と
覗き込むのは昴でも彼女でもなくて、もうひとりの幼なじみ、波智だ。
「なんだよ、カンナもうちのまめと同じで、脱走癖あんのか?」
波智は子どもみたいな笑顔を、こちらに近付ける。
「悪い子だなー」
他の子よりも高い鼻梁が綺麗で、ついつい惹かれてしまう。顔を突き出し
て、波智の鼻先に、ちょん、と自分の鼻で触れる。波智はびっくりしたみ
たい。目を丸くしていた。

パシャリ

突然聞こえた音にびっくりして、尻尾をバタバタと振る。そんなワタシに
はお構いなしに、写真を取った張本人――理音は、得意満面な顔で手にし
ていたスマホを振った。
「ガキ大将にしては、いい表情してくれたじゃん。ありがとねぇ~」
ニヤニヤ笑う理音を前に、波智は憮然とした顔。
でも彼女はその写真が見たいらしくって「どんな写真?」と駆け寄ってい
る。どうやら理音は機嫌がいいみたいで、自分のスマホを傾けてあげてい
る。
そんなふたりを見て、波智はますます不機嫌そう。
「わぁ~! かわいい~!」
「でしょ~。オレってばすごくない? ねえ、星真!」
 振り返った理音の視線の先にいたのは、フードを目深にかぶった星真だ
った。全身から「めんどくさい」のオーラを出している。それでも写真の
ことだからか、不貞腐れた顔だけどスマホを受け取った。
「……まあまあ」
「はあ? どこがダメなわけ?」
「彩度上げすぎ。全体的に白すぎる」
「ブー!」
「……嫌なら教えない」
「嫌とか言ってないじゃん! で、どうすればいいわけ?」
「理音君だけ教えてもらってずるいよ。私にも教えて?」
「俺も俺も!」
彼女と波智まで手を上げたので、星真の眉間に深い皺が刻まれた。なのに、それを見ていた夕月の口元に、笑みが浮かんだ。
「じゃあ、今から課外活動ってことにしよっか」
「やだ」
「って星真は言ってるけど、どうかな? 写真部部長さん」
「そりゃあ、もちろん……アリだろ」
部長である昴にまでそう言われたら、星真には断れないみたい。
急遽、海岸で写真部の課外活動が始まった。
星真以外はカメラを持ってきていなかったから、みんなスマホを構えてい
る。星真はめんどくさそうだったけど、頼まれたらちゃんと教えてあげて
いた。
そうして波智は海を、理音は空を、昴はあくびをしている夕月を撮って、時に笑ったり時に難しい顔をしていた。
階段でそれを見つめていると、休憩にきた彼女が横にやってきた。
「ねえ、カンナ。みんな楽しそうだよね。出来ればこれからも、ずーっと
みんなとこんな風に笑って過ごせたらいいのにな」
目を細める彼女は、ワタシからはなんだか泣いているようにも見えた。そ
れが気になって、膝にひょい、と乗って顔を覗き込む。すると彼女は柔ら
かな微笑みを浮かべてワタシを撫でた。
「カンナもいっしょなんだね。うれしいな」
そういう意味じゃなかったんだけど……まあ、彼女が笑ってるなら良かっ
た。
ワタシは一鳴きして、彼女の膝の上で丸まって眠ることにした。すると彼
女の小さくて柔らかな手が、ワタシの背中を撫でる。
その感触が気持ちよくて、大きな口を開けてあくびをひとつ。
ヒゲを揺らす潮風を浴びながらうとうとしていると、頭上から小さな寝息
が聞こえてきた。

「あ……寝てる」
「徹夜でもしたのかな?」
「あいつ徹夜できねーし、それはないだろ」
「日差しがあったかいからじゃない? オレも……ふわあ~、ちょっとね
む~い」
「あはは、僕もだよ~。でもあんなトコで寝たら風邪ひくし、起こしてあ
げなきゃ」
夕月を先頭に、ゾロゾロやってくる5人。
そんな彼らを片目でチラリ。
今は彼女を起こさないであげて。せっかく気持ちよく眠ってるんだから、
もう少しだけ、このままで。

「にゃあ」

5人は顔を見合わせると、優しい顔して「OK」って頷いてくれた。

テキスト:浅生柚子( @asaiyuz5