【Winter Story03】Merry christmas

「ねえ、なんでこんなトコにクリスマスツリーがあんの?」
本土と星波島を繋ぐ唯一の連絡船の中で、理音は片方の目だけを細めた。睨みつけるというよりは、意味がわからないと言った表情である。
その言葉は誰ともなく投げられたが、反応したのは波智だった。
「それ、船長が少しでも星波島に来る人たちに楽しんでもらおうって置いたんだよ。んで、俺らが飾り付けしたんだ」
同意するように昴も頷く。その横で、彼らの幼なじみであり南海高等学校写真部唯一の女の子が、両手を口元へ合わせ、微笑んだ。その姿は年齢よりも少し幼く見えるが、彼女らしいとも言える。
「星真君と四人でアレコレ考えながら飾るの、楽しかったよねえ」

* * *

「クリスマスツリーの飾り付け?」
一年前の同じ日、星真は青空と海のコントラストを背にしながら、飛んできた言葉に首を傾げた。そんな彼の前で、彼女はぎゅっと握りしめた両手を胸の辺りで振った。その興奮気味の顔から、どれだけテンションが上がっているのかがわかる。
横にいた昴と波智も楽しげではあるが、彼女に気圧されて苦笑していた。だが彼女はそれに気付かず話を続ける。
「本土を繋ぐ船の船長さんからね、船に飾るツリーを飾り付けしてほしいってお願いされたの。楽しそうだよね!」
「なんで?」
そう返されると思わなかったらしく、開いた口からなにも言葉が出てこない。すると横から顔を出した昴が、フォローするように言葉を紡いだ。
「飾り付けとか、若い子の方がセンスあるだろうから。だってさ」
「どーせ星真もヒマだろ? やろうぜ! そんなデカいのじゃねえし、四人でやればすぐだって!」
波智も後押しして、退路を塞いでいく。もはや答えはひとつしか許されておらず、星真は自然と眉根を寄せ、ため息をついていた。
この幼なじみたちが強引なのはいつものこと。最近まで引きこもりだったよそ者の星真を引っ張り出したのも三人だった。しかし無理やりではなく、納得してしまう方法。だから星真も「仕方ない」と連れ回されてしまうのだ。
逃げ道がないとはいえ、答えるのが癪で黙る星真に、彼女が微笑む。
「ね! やってみようよ。海とクリスマスツリーっていう面白い光景も撮れると思うよ」
やっぱり、納得してしまう。
星真はもう一度ため息をつきながら、フードを目深にかぶって三人の間をすり抜けた。慌てる三人に少しだけ溜飲を下げながら、星真は船を指した。
「行くんでしょ」
「あ……! う、うん! そうだね! 行こう! 船長さん待ってるよ!」

四人が乗り込むと、もみの木は船内に飾られていた。海風にさらされたら痛むだろうということらしく、並んだ座席の一番前、みんなが見える場所に鎮座している。
「飾りに必要なもんは買っといたから、よろしく頼むな!」
船長から箱いっぱいの飾りを受け取ると、四人はもみの木を取り囲んだ。
「思ってたよりもデケーな」
「船の天井についちゃいそうだよ、これ! てっぺん飾れるかなあ?」
「この星、そんなに大きくないからいけると思う」
「って星真も言ってることだし、さっそく飾り付けていこうか」
昴の声を合図に、さっそくもみの木を色とりどりのオーナメントで飾り付けていく。赤や金色といったボール型の飾りや、ガラスで作られた小さな星。それに、LED電球のライトもある。
緑一色だったもみの木は、たちまち華やかなクリスマスツリーへと変化していった。
しかし――
「あー! 波智、そんな適当につけないでよ!」
「うるせーなー。ほら、たくさん飾ってる方が綺麗だろ」
「品がない!」
「ンだと!?」
彼女と波智の口喧嘩が始まり、なかなか思うように進まない。昴が慌てて止めに入るが、ふたりは敵意むき出しだ。
ただ飾ればいいわけではなく、乗客が見て楽しめるようなものがいい。
その方向性がふたりではまったく違うから、こんな事態が起こってしまう。
「なんでお前らはすぐケンカするんだよ」
「こいつが悪い」
「波智が悪い」
「まったく……ふたりで話し合って、いいところを採用すればいいだろ?」
それは考えもしなかった! という顔で昴を見るふたり。その顔で、お互い視線を交わすと……
「あのね、波智が持ってるその天使のオーナメントは、こっちに飾る方がいいと思うんだよね。ほら、こっちまだスカスカだから」
「確かに、そっちの方がたくさん飾れそうだな。よし、任せろ! ……あ、それならこっちのちっちゃい星はどうする? 金色だし、赤いやつに混ぜた方がいいよな」
「そうだね。うーん……あ、あっちはどう?」
さっきまでの言い争いはなんだったのか、と思うほど、ふたりはテキパキと飾り付けていく。こうなることを長い付き合いでわかっていたようで、昴は苦笑しながら箱に手を伸ばした。その目が、もみの木を撫でる星真を見つける。
「星真? どうした」
声をかけられても、星真はジッと見つめたまま微動だにしない。口は真一文字に結ばれたまま。なにかを確認するように、目だけが動き回っていた。その横顔はなにかの職人のように見えて、昴まで黙ってしまう。
星真の指先が、もみの木に飾られた黄色い星のオーナメントに触れる――
「撮る時、光ってみえそう……」
そうつぶやくと満足げに頷いて、近くのイスに腰掛けた。
「いやいや! 星真もちゃんと飾り付けしような」
「めんどくさい」
「それは俺も同じ。でも、少しでいいからやろう。な?」
ほら、と昴は箱から金色のリボンを取り出した。
「これ、俺と一緒に巻いていかないか。綺麗だと思うんだ」
唇を尖らせ、星真は渋々といった態度でリボンを受け取った。長さがあるらしく、折りたたまれたそれはかなり厚みがある。それを少しだけ伸ばして、じっと見つめた。
最初はただの木だったそれは、今、赤と黄、そして金といった色で飾られている。キラキラとした中にも落ち着いた雰囲気があり、船内の色合いとも合っていた。
「……確かに、合いそうかも」
「だろ!」
「仕方ないから、手伝う」
「ありがとな、星真」
頷いた星真がリボンを広げ始めたので、昴はその端を受け取ってもみの木の上から巻いていく。あまり喋るタイプではないふたりだが、息が合うようで、飾り付けはあっという間に終わっていく。ただ、あまりに淡々とすすめるので、作業感が溢れているが。
波智と彼女のコンビはおしゃべりが多いものの、手際よく飾り付けをこなしていった。

「昴、そっち終わったか?」
「ああ」
「こっちもばっちりだよー」
「じゃあ、最後は……」
星真の言葉に反応して、全員の視線が箱に注がれた。そこにはてっぺんに飾る、大きな星がひとつ。
「やっぱりてっぺんの星は……」
「あんたしかいない」
星真は箱から星を取り出すと、それを彼女に差し出した。
「いいの?」
「お前がいっちばん飾りたそうにしてたしな。譲ってやるよ」
波智の言葉に昴も頷いたので、彼女は口元に大きな三日月を作って星を受け取った。
少し背伸びをして、てっぺんの尖った部分に星を――
「うっ! と、届かない……!」
つま先立ちして手を前後に動かすと、身体もそれに合わせてユラユラ動く。すると右手を昴が、左手を波智が支えた。
「あぶねえな」
「こけないように支えてやるから」
「あ、ありがとう。ふたりとも」
幼なじみふたりに支えられ、彼女はもう少しだけ背伸びして……星のオーナメントを、てっぺんにそっと乗せた。

* * *

「――……って、そういうわけなんだよ」
一年前の出来事を話し終えた彼女は、その時の楽しかったことを表情に表していた。
「その後、四人でクリスマスパーティーしたんだよな!」
「ん。すごいうるさかった」
「ははっ。確かに、波智が大騒ぎしてたな」
昴に同意するようにもう一度頷いた星真の口から、ため息がこぼれた。
「しかもそこに、宙と渚まできて……もっとうるさくなった」
彼女もそのことを思い出しているんだろう。声を立てて軽やかに笑う。
「あの時も楽しかったけど……今年は、もっと楽しくなりそうだよね。だって、理音君とかんちゃんが増えたんだもん」
去年のことを知らない理音と夕月は目を丸くしていたが……
「なんでもうパーティーすること前提なわけ? まったく……あんたってホント、はしゃぐの好きだよねぇ」
「でも、君が望むなら……そんなクリスマスも、悪くないかもね」

去年とは違う。人数が増えてより賑やかになった朝の船内で、彼女は今からクリスマスのことを想像して、嬉しそうに微笑んだ。

テキスト:浅生柚子( @asaiyuz5