【BACKSTAGE Story】reconfirm

最初は何かの話の流れだった。
最近やってるゲームの話をしたら、叶亜が食いついてきた。もっともオレのすることにはそれなりに興味があるらしいから、今に始まったことではなかったけれど。
「狩りのゲーム? それって随分前に依空が言ってたやつ?」
「ああ、久しぶりにやりたくなってな」
「ふうん。……ねえ亜蘭、それって敵にシカが出てきたりする?」
「シカ……シカなあ」
最近の叶亜は今まで以上にシカのものに目がないらしく、事あるごとにシカの動画を見ていると依空から聞いた。恐らく今のもそれの一環なのだろう。オレの言葉を待つ叶亜の目は、興味津々といったものだ。
そんな叶亜の表情を見ていると、ひとつの案が浮かんでくる。しばらく前から苦戦していたが、もしかすると叶亜ならこれを解決してくれるかも知れない。
(……いけるか?)
常ならばこんなにごちゃごちゃと考えることなく口に出してしまうのだが、どうにも叶亜相手だとそれもうまくいかない。それはきっと叶亜相手には、言葉じゃどうにもならないと思っている部分があるからだ。
「……気になるなら、実際に見てみるか?」
「嘘!? ほんとに? ほんとにいいの!?」
オレがごちゃごちゃと考えていたのがバカみたいに、叶亜は簡単にオレの案に乗ってくる。
「嘘なんてつかねえよ。あー……んじゃ一旦帰るか」
ゲーム機はオレの部屋にしかない。なら、ゲームをやりたがっている叶亜を家に上げる必要がある。
いつもだったら、うざったいほどウキウキとした叶亜に思うところもあるだろう。だが、今日ばかりは事情が違って。
(……認めるのは癪だけど)
今日はどうしても叶亜の手を借りたい状態だったのだ。

*  *  * 

昔ながらの鍵でドアを開ける。後ろでは叶亜が、緩んだ表情を浮かべていた。
「ん、入れって」
「ありがとう。お邪魔します」
叶亜を家に入れて、再び鍵を閉める。ふとテーブルを見れば、家を出る直前まで作業をしていたからノートPCが開きっぱなしになっていた。
(やばっ)
今このPCを見られるわけにはいかないと、ノートPCを慌てて閉じる。
けれど叶亜はそんなオレの心境なんて知らず、部屋の中をじろじろと見ているばかり。
「ここに来たのも久しぶりだよね。亜蘭の部屋だからかな。すごく居心地良いんだよね」
叶亜は笑いながら、ベッドに腰かけた。

大学まで徒歩二十分、最寄りの駅までも十分程度。ありがたいことに家賃がそこまで高くはないのは、築年数がそこそこだからだろう。
どこぞの会社社長の次男坊が住む部屋というよりは、どこにでもいるような一人暮らしの大学生らしいワンルームの部屋だ。実家にあるお気に入りのCDや楽器全てを持ち込むことは出来なかったけれど、オレはこれで充分満足していた。
「ねえ亜蘭、今ってもしかしてテスト前?」
「あー……一応な」
ベッドの枕元に置かれたプリントを見て、叶亜はそんな風に問いかける。プリントを見る叶亜の目は、どこか懐かしそうだ。
だが、今日の目的は叶亜とだらだら喋ることじゃない。
「てかゲーム、やりに来たんだろ」
「うん、そうだったね」
コントローラーを手渡せば叶亜の興味はゲームに移ったらしく、オレはほっと息を吐いた。

それから数分もすれば、すっかりオレたちはゲームに熱中していた。
据え置きのゲーム機だと一人でしかプレイできないため、オレは叶亜の横に座って操作の仕方を教えつつ見守る。
「えっ、今の倒すの? 一瞬で死にそうになっちゃったよ? 無理じゃない?」
「無理じゃねえ。って画面見ろ画面!」
「ええ……あっ……!」
叶亜の操作するキャラクターのHPゲージが、敵の攻撃を受けてあっという間に削られた。そこに、容赦はしないと敵が炎を吐き、残り少ないHPが0になる。
健闘むなしく、叶亜が操作しているキャラクターはミッション開始地点に戻されてしまう。
ふと画面から視線を上げれば、そこには本気でしょげている叶亜がいた。
「……オレも最初はそんなだったし気にすんな。それよか次だ次」
「うんっ、次は頑張るよ!」
そうして叶亜は、再度ゲーム機を握る手に力を込めた。

思えば昔からそうだった。天才なんて呼ぶと安っぽく感じてしまうが、叶亜のそれはきっと天才と呼ぶべきものだ。
なにせ、叶亜が弾くのに手間取った楽器をオレは知らない。一度弾いている姿を見れば、それだけである程度のコツがつかめてしまうと言っていた。
(つってもな)
オレの横で、叶亜は画面を凝視しながらたどたどしい手つきでキャラクターを操作していく。攻撃はなかなか当たらないらしく、情けない声をあげていた。
なんでも器用にこなすくせに、こういうゲームの類はあまり上手くはないらしい。いつだってゲームで叶亜のフォローをするのはオレの役目だったのだ。いくつになっても変わらないところに、オレはこみ上げる笑みをかみ殺した。
「あー……そういや前に言ってた曲、ある程度形には……なった」
何気なくそんなことを口にすれば、次の瞬間にはキラキラとした叶亜の目がこちらを見つめていた。
「えっ、できたの!? もう!? 凄い凄い! さすが亜蘭だね!」
聞きたいという言葉はどこにもないくせに、叶亜の目はこれ以上ないほどに聞きたいと訴えていて。
「……じゃあ聞くか?」
「うん! 亜蘭がいいなら聞きたい!」
多分、オレはどこかでその言葉を待っていた。そしてこれこそが、今日オレが叶亜を家に招いた理由だった。少しばかり遠回りをしてしまったが、最初の目的を果たせてほっと胸を撫でおろす。
ゲーム機は、オレの手で沈黙した。悪いがゲームはここでおしまいだ。
オレは先ほど隅に片づけたノートPCを再び起動させて、家を出る直前まで触っていたファイルを開いた。再生ボタンをクリックすれば、デモが流れ始める。たいして広くもない部屋に、オレの思い描いた音が満ちていくのが分かった。
「♪~」
叶亜は目をつむって耳を澄ませている。
デモは、完成度が高いとは言えないだろう。悔しいがいつも有貴が持ってくるようなデモに勝てたとは思えないし、出来栄えにまだ満足できちゃいないのも事実だ。
(だけど)
オレは、どこかで期待し、そして高をくくっている気持ちがあった。そう、ここまではちゃんとオレの力で作れるのだと。
加えて叶亜のことだ。オレへの評価が甘いことは、オレ自身が一番知っている。だとすれば、作った曲に対して何かしらの背中を押してくれる言葉をくれるに違いない。
(何を聞いたところで凄いね! とでも言うんだろな)
五分ちょっとのオレのデモは、やがて収束していった。代わりに部屋に残るのは沈黙だ。
オレはデモを聞き終えた叶亜にどうだ? と問いかける。叶亜から返ってきた言葉は、予想外のものだった。
「ねぇ……僕には、亜蘭の気持ちや亜蘭のやりたい音楽には聞こえなかったよ。これが本当に亜蘭が作りたい曲なの……?」
「……っ」
想像もしていなかった言葉に、オレは言葉を見つけることが出来なかった。
率直に言えば、へこんだのだ。自信がないからこそ認めて欲しかったのに、そんな言葉をかけられて。
(……キツイな)
元より曲作りが大変なことは知っていた。実際にこのデモを作るまでにも、オレにしては随分と悩んだ。どうすればオレのやりたい曲になるのか、それこそ寝ずに考えた夜だってある。加えて叶亜の厳しい言葉がショックだったのも事実だ。
だけど、それ以上に。
これくらいのことで簡単にへこんでしまうオレ自身にショックを受けたのだ。
何も言えないオレを見て、叶亜はふっと表情を緩めた。同時に頭にぽん、と乗る叶亜の手。その優しさもまた昔と変わらなくて、悔しいが胸の奥からぐっとこみ上げてくる熱があった。
「きっとやりたいことが沢山ありすぎてぐちゃぐちゃになっちゃったんだよね。でも詰め込み過ぎてもいいものはできないから、ひとつだけにしよう」
「ひとつ……」
普段は素直に受け止められないのに、叶亜の言葉がすとんとオレの中に落ちてくる。
「亜蘭は、この曲を Seekerに聴かせて、どんな気持ちになって欲しいの?」
「それ、は……」
作りたい曲ならもうとっくに決まってる。
激しくて、聴くだけで心がたかぶって、むちゃくちゃになってしまうような曲を作りたい。心ゆくまでギターをかき鳴らして、見るヤツ全員がオレのギターに目を奪われてしまうような、そんな曲。
(でも)
でも、それは独りよがりだ。
音楽は気ままで独りよがりでもいい。極論、弾く側だけの自己満足だけでも成立はするだろう。でもそんな自己満足はこの先いつだってできる。
(だとしたら……)
今のスタブルに足りないもの。
それは有貴じゃ作れない曲。つまりオレじゃなきゃ作れない曲ということで。
「オレが、作りたいのは……」
最初だからこそ、思いきりだなんて思っていた。だがオレが作りたい曲は、そして叶亜が言いたいのはきっとそれではないはずだ。
曲を作るということに必死で見失ってしまっていたけれど、オレの原点にある気持ちを、叶亜の言葉で思い出す。
聞いた時に感じてほしい気持ち。それはずっとずっとシンプルなものだった。
「聴いたヤツを、それから演奏するオレたちも楽しくさせてやりてえ。つまんねえと思った時に、口ずさむと明るくなるっつーか。そんな曲」
オレにとっての音楽は、どんなときだって楽しくさせるものでしかないのだ。オレの内側から上がってくる思いを口にすれば、叶亜はにっこりと笑ってさっき聞かせたリズムを口ずさんだ。
「ってかんじで今のパートはベースを強調して、それからギターは抑え目にするのはどうかな?」
そんなアドバイスと聞きながら、オレは手元のPCを操作して曲を上書きしていく。叶亜のアドバイスは、オレが作った部分の土台は崩さず、けれど的確なアレンジを加えるものだ。
(……やっぱ敵わねーよな)
普段はうっとうしいくらいの接し方をするくせに、時たまこうして真面目な表情を見せる。そんな叶亜はオレのたったひとりの兄であり、そしてオレが尊敬する音楽家でもあった。
「あー……じゃあラストはこっちの方がいいよな」
再び頭の中に浮かんできたメロディーを逃がさないようにPCに打ち込み始める。
そんなオレの様子を、叶亜は優しい表情をしながら静かに見守っていた。

*  *   *

家主を差し置いてベッドで寝るとは良い度胸だ、が最初の感想だった。
「おい、朝だぞ」
あの後は結局、曲作りに熱中してしまい気づけば外は明るくなっていた。徹夜は久しぶりだが、今日は何も予定がないので午後からでも寝ればいいだろう。
「ん……」
気持ちよさそうに眠る叶亜をどう起こしたものかと思案する。
これが実家にいた頃ならふざけて蹴り起こしていたものだが……。
(仕事、大変だって言ってたしな)
疲れているだろうにオレの曲作りに付き合ってくれたことを思えば、無下にすることは出来なかった。
「起きなくていいのかよ」
肩を掴んで揺さぶると、叶亜はなにやらむにゃむにゃと声を漏らしながらも目を開いた。しかし一瞬自分がどこにいるのか分からなかったようで、目をぱちくりと開いては現状把握に努めている。
「オレの部屋」
「亜蘭の……あ、そっか。あのまま寝ちゃったんだ……。あーでも、起きるのが惜しいな……だって起きなかったら僕、ずっとここで寝ていられたんでしょ? もう一回寝ることにするから!」
「おい」
そう言いながら再び掛布団に包まる叶亜を、今度は半ば蹴り起こして。
「昨日の礼、ってほどでもねえけど。一応作ったから食べて行けよ」
「えっ……」
「つってもそんな手の込んだもんは期待すんなよ」
そんな言葉と共に、オレは簡単に作った朝ごはんを叶亜と食べたのだった。

そして食事が終わるころ、オレは口を開いた。
「あー……それで、な。一応あれから手直しを加えて出来上がった。……聞いてくれるか?」
「もちろん! 亜蘭が作った曲を一番に聞かせてくれるなんて、僕すっごくすっごく幸せだなー!」
浮かれている叶亜を横目に、オレは昨日と同じように再生ボタンをクリックした。
まだまとまりなんてほとんどなくて、中途半端もいいところだろう。だが、オレのやりたい気持ちはきちんと込められているはずで。
「だいぶ変わったはずだが」
曲が終わってから叶亜を伺うように見れば、そこには満面の笑みが浮かんでいた。まるで自分のことのように喜んでいる。
「うんうんっ! 今度は亜蘭の気持ちを感じるよ! 亜蘭って本当に凄いよね! こんなにかっこいい曲、作れちゃうんだもん。僕、亜蘭のお兄ちゃんで本当に良かった……!」
「今そういうのは良いだろうが。オレが聞きたいのは曲についてだっての」
「だってだって本当に凄いことなんだよ? この世界に亜蘭はひとりしかいないのに、その亜蘭のお兄ちゃんになれたんだから!」
「……へーへー」
手放しで褒めてくれる叶亜に、オレはそんな風に返す。変なところで鋭く、変なところで無神経な尊敬すべき兄は、きっとオレが照れ隠しで返していることには気づいていないだろう。
そのうち叶亜はデモに合わせて変な歌詞を口遊むものだから、つい笑ってしまった。
「なんだよその『大好きの気持ちで僕はシカにだってなれる』って。お前にラブソングは作れなさそうだよな」
「そんなことないよ? でも作詞する機会も贈る人もいないから、きっと一生作ることはないかな」
「……そうかよ」
叶亜の言葉に、オレはため息をついた。どこまでが本当で、どこからが冗談なのか分かりやしない。
「あ、でもいつか亜蘭がたったひとりに贈るラブソングを作ったら、絶対に演奏させてね! 約束だよ!」
「……本当にお前はバカだろ!」
「え、ええ~?」
そんな日が来るのか、今のオレには分からない。だが、叶亜の言葉に返す言葉も見つけることができなくて、オレはぷいっと顔を逸らすしかなかったのだ。