【BACKSTAGE Story】kindness

Side Isora

「じゃあ、あとはお願いしまーす!」
「しっかり運ぶんで、大丈夫ですよ」
「はい!」
運転席に乗り込んだ運転手は片手をあげた。あのトラックの中には、俺たちのここ一か月の頑張りの全てが詰まっていると言っても過言ではない。
CDやグッズが詰まった段ボールの行き先は、数日後に開かれるイベント会場だった。
「何事もないといいんだけどなー」
俺は、小さくなっていくトラックの姿を、信号で左折して見えなくなるまで、ずっと見つめていた。
(ひとまず俺に出来ることはここまで、だしな)
トラックが見えなくなって、ようやく肩の力が抜ける。それは隣にいる有貴も同じだったようで、小さく息を吐いたのが分かった。
「時間通りに梱包も終わって良かったね」
「だなー。メンバーの都合つかなくて人手が足りないから、間に合わないかもって焦ったよ」
直前に緊急招集……ということで梱包の手伝いを頼んだが、捕まったのは有貴だけだったのだ。
「もう少し前から言ってくれればみんなも予定が空いたと思うけどね」
「だって直前になっていろいろやりたいことが増えちゃったしなー」
「そう言うところも依空らしいけれど」
来てくれた人たちが少しでも楽しめたらいい――そう思いながらサインに加えて、落書きも色々と書いてみた。
今回のシングルの曲にちなんだ落書きもあれば、まったく関係ないものまで。一緒にサインを書いた叶亜と有貴も、俺の隣で思い思いに手を動かしていた。
言葉には出さなかったが、きっと叶亜も有貴も来てくれた人が楽しめたらいいなんてことを思いながら書いていたに違いない。
……叶亜の書いた落書きはあまりにも酷くて、思わず笑ってしまったけれど。

有貴を見て、ふと先日のSNSで言っていた言葉を思い出す。
「なー、有貴」
「何かな」
「俺にはクッキーかポップコーンか、聞いてくれないのか?」
Seekerにそんなことを聞いては、真相を明かすことなく「内緒」なんて誤魔化していた。何か企んでいるのだろう。
もしも面白いことなら、全力で乗っかるしかない。
そう思いながら問いかけたが、有貴の反応は想定外のものだった。
「俺が依空に?」
「ああ」
俺の言葉を聞いて、ぽかんとした表情を浮かべた後に笑い出したのだ。そんなに面白いことを言ったつもりは欠片もなかったが、何かが有貴のツボに入ってしまったらしい。
落ち着くまで待っていると、やがて笑いの波から返ってきた有貴はにこりと笑いながら答えた。
「依空にあげるものじゃないのにね」
「どういうことだ?」
俺は有貴から、新と共にしている「クッキーかポップコーン」にまつわる企みを聞く。それは俺とはまた違った、来てくれた人に喜んでもらいたいためのアプローチで。
「そんなこと考えてたんだな。よし、んじゃ面白そうだしやるか!」
「依空ならそう言うと思っていたよ」
「あーそれなら俺はあいつにも連絡取っておくな。きっと部長にも連絡してくれるだろ」
あいつ、という言葉だけで誰を指したのか有貴は分かったらしい。
「そうだね、きっと依空から声をかけてあげた方が彼は喜ぶんじゃないかな」
俺は早速スマホのアドレス帳を開き、目的の人物をタップする。
当日までにまだやれることを見つけて忙しくなる半面、その忙しさになぜかほっとしている部分もあった。

* * *

その日もしとしとと雨が降る中、ライブハウスでいつものようにバイトをしていた。
掃除もひと段落し、つかの間の休憩……と喫煙所で壁に寄りかかりながら空を眺めていると、見知った顔がこちらにやって来るのが分かった。
「おー、新……と有貴か。珍しいな。何かあったか?」
くわえた煙草を消しながらも、俺は驚きを隠せずにいた。
新も有貴も、ライブじゃなくても気が向いたらライブハウスに足を運ぶ俺とは違う。だからこそ何か重大な用事があってここに来たのだと思ったけれど、焦っている様子はない。
「いそらに用事」
「俺に?」
「そう」
基本的にはスマホで連絡してくれれば、事足りる。
(それなのにこうしてわざわざ新が俺に会いに来るとは……)
謎の感動を覚えながらも新と有貴をまじまじと見れば、今日のふたりはなかなかの大荷物だった。
「……サンタか?」
そう言ってしまったのも無理はないだろう。
新も有貴も、中にたくさん物が詰まっていると思われる白い袋を肩にかけていたから。
「えー俺いそらのサンタ?」
「嫌なのか?」
「んー……嫌じゃないけど。でも別に好きじゃないし俺にはあんまり縁がなかったから」
「……そうか」
今度スタブルでクリスマスパーティーをするのもいいかもしれない、なんて頭の中のスケジュール帳にメモをする。
「まあサンタはともかく、依空にあげるプレゼントではないかな」
「なーんだ、俺へのプレゼントじゃないのかー」
そりゃあね、と有貴は笑った。
「さて、時間もあまりないから早くやってもらおうか」
「ね」
新と有貴の中ではそれだけの言葉で伝わるらしいが、俺は何も聞かされていないから全く分からない。
「やってもらうって、何がだ?」
「見ればわかるよ。ほら」
そう言いながら、新と有貴は白い袋の中身を俺に見せる。袋の中に入っていたそれを見て……俺はようやく納得した。
「ああ、例の奴か」
「そうそう」
「仕上げはイソラさん」
どこかのテレビで聞いたことのあるようなフレーズだ。
「もう一人からは、ちゃんともらってるからね。ここじゃ作業できないだろうから、少し中に入ろうか」
「了解♡」
喫煙所からライブハウスに戻る。先を歩く新と有貴の背中を見ながら、明日はいい日になるといいな、なんて思った。