【BACKSTAGE Story】about anniv.

「ってわけで今日は記念日なんだけどー」
一杯目のビールを半分ほど一気に飲んでから、いそらはそんな風に口を開いた。
「記念日」
「ああ」
いそらの言葉に、みんなは雑な対応をしていた。ありたかはいつものように「そう」と言っていて、あらんは「あっそ」といつもより三割増し冷たい気がする。
俺は記念日、と呟いてからただいそらの目をじっと見つめていたけれど、とあだけは少し違う反応をしていた。
「記念日……記念日……。あっもしかして亜蘭が初めてピアノで『ねこふんじゃった』が弾けた記念日? それなら確かに記念日だからお祝いしないとだよね!」
「んなわけねえだろ。おいやめろ」
とあはとあでいつもよりも勢いがあるけれど、多分いつも通りだと思う。あらんは、そんなとあを見て口を塞ごうとしていた。
(……ふふっ)
多分、そういうことをしようとしていることも、とあにとっては嬉しいことになるのだと思う。きっとあらんはそれを知らない。
「それで? 結局なんの記念日なのかな」
散らかりつつある話をもとのレールに乗せたのはありたかだった。いそらがここまで「記念日」なんてものを覚えていて、お祝いしようと思うような人だとは思えなかっただけに、ちょっと意外だった。
でもいそらは好きなものには一直線だから、それも不思議じゃないのかも。
「ああ、記念日だって。俺が『広報にも力を入れよう』って言ってみんなにSNSを始めさせようとした記念日」
「……冗談なら冗談って宣言してから言って欲しいかな」
「いや、冗談じゃないっての! マジの話!」
いそら手にしていたビールジョッキをドンとテーブルに置いた。
「俺がみんなにSNS始めさせてー、Seekerって名前だってそこで決めただろ。んで、今はみんなもなんだかんだ使ってる」
「まあ、使ってるのは否定しねえが」
確かにそうかも、と俺はぶどうのジュース……もとい、赤ワインを飲みながら答えた。
SNSを始めてファンであるSeekerの名前を決めて、Seekerたちと話をして。ライブの楽しさを伝えるために写真をアップしたときもあったし、眠れない夜には一緒に空を見上げたとき時もあった。
最初はただ話をするだけだったSeekerも、いつの頃からか、みんなが力を貰えるような存在になっていたのだ。
「まあ依空にそんなことを言われてはいたけど、実際にSNSを始めたのはもう少ししてからだけどね」
「ってことはあんまり記念日って意味はないってことだな」
「……」
「うっかりいそら」
「まあまあ、きっと依空のことだから日付をちょっと忘れちゃってただけだって。ね?」
多分、今はとあのそのフォローもちょっと痛いと思う。
「ってことは今日は記念日でもなんでもねえただの日ってことか」
あらんの言葉がいそらにぶすりと刺さった。その証拠にいそらは無言で残りのビールをぐっと飲みほしていた。
「いいんだよ、俺は飲むのが好きで、その理由が欲しかっただけだったっての」
いそらはそう言うと、次のビールを店員さんに頼んだ。
「……すねすねいそら?」
「きっとそのうちまたすんすんって言い出すぞ」
あらんがそう言いながら笑った。
「いいんだよ、Seekerに慰めてもらうし。また亜蘭と有貴にいじめられたーって言ってやるし」
「いじめてるつもりは全くないんだけれどね。依空がそうされたいだけなんじゃないかな?」
「だよな」
「おい! 違うっての!」
「どうだかな」
「ねえ」
ありたかとあらんは顔を見合わせて笑っていた。

確かにあらんが言っていたように、今日はそんなに大きな記念日じゃないと思う。「SNSを始めろ」と言われて二年弱がたったけれど、俺はやっぱり気の乗る時にしか見ない。そもそも俺の場合、スマフォが手元にないことも多い。
「はいはい、分かったっての。でも俺にはSeekerがいるからなー。今日は俺がSeekerをひとりじめするから、みんなは絶対上がってくるなよ!」
俺の正面では新しく来たビールジョッキを片手に、拗ねたように口を尖らせているいそらがいた。
(……覚えてないのかもね)
きっとそれは、いそらにとっては小さなことだった。だから覚えていないのも仕方がないことなのかもしれない。
今日はSNSを始めろと言われた記念日ではなくて、本当は。
(俺がいそらのしつこい勧誘をいっぱい受けていて、もう何度目か分からないあの時にあの言葉をかけられた日)
多分、俺はこの先もこの言葉をずっと忘れられないと思う。
(『お前の歌を待ってるやつが絶対にいる。俺は、お前の歌と出会えるのをずっと待ってた』)
その言葉が良いな、と思ってしまったから。
「……新?」
「んー……あったかいなって」
そっと胸元に指を持ってくれば、一瞬きょとんとした表情をしてからとあがふっと笑う。その顔を見て、俺も笑ってしまった。
「うん、そうかもね。僕のここもぽかぽかしてるよ」