【BACKSTAGE Story】19th wonderful birthday

新にとって誕生日は憂鬱な日だった。
誕生日を祝われるのはありがたいが、退屈でしかなかったからだ。それでも主賓としてパーティーが開催されている以上、居眠りすることも、どこかに行くことも出来ない。
「今日はお越しいただきありがとうございます」
そんな挨拶をしながらも、考えていたことは言葉とは裏腹に早く終わらないかな、なんてことばかり。微笑みの仮面を貼り付け、誰にもばれないようにこっそりとため息を吐いた。

退屈なパーティーも、宴もたけなわとなればお開きの雰囲気が漂う。来場者への挨拶も一段落したところで、新は休憩のために別のフロアに向かうことにした。少しくらいならば問題ないだろう。
人気のない落ち着けそうな場所に来た新はポケットに入れていた携帯を取り出して、SNSでみんなの様子を覗く。誕生日でメッセージを送りたいというSeekerたちに、携帯を気にするようにしておく、と言ったことをふと思い出したからだ。
画面の上のベルマークのところに数字が付いていたので、その部分をタップする。すると、Seekerたちから届いた沢山のメッセージや画像が表示された。流れるようにスワイプすれば、退屈していた新の気分も幾分かまぎれる。会場のときとは違い面と向かって取り繕うことが求められていない、束の間の時間。
しばらくメッセージに目を通していると、気になる文字を見つけてしまった。
『Aritakaのライブだよ☆』
数時間前に発信された呟きを見て、新は先日の有貴との出来事を思い出していた。
それは、有貴の家に訪れていつものようにくつろいでいたときのこと。有貴は家で練習をしていたから、近々ジャズライブがあるらしいことは知っていた。
そのジャズライブが今日だったとは。
「いつか一緒に歌えるといいね」
「そう、だね」
なんて話も過去にしていたのも記憶に新しい。
こうしている今も有貴はどこかで歌っているのに、自分はこんなところで興味もない人たちに挨拶をしている。
そのことが何故かとても虚しく思えて、こんな退屈なところなんて抜け出して歌いたくなってしまった。
『ごめん ちょっと用事思い出したからいく』
それは、ただ歌いたいという意思が、新を突き動かしていた。
新は、叶亜に連絡して場所を教えてもらうことにした。

* * *

その頃、叶亜はかかって来た電話に出るために一度ホールを出て、通話を終え戻って来たところだった。席に戻れば、亜蘭と依空が有貴のバンドの出番を待っていた。
「誰から?」
「新がこっちに来るって」
「ふーん……そっか。成程成程」
そう口にした依空の表情は、何かをたくらむような笑みをしていた。

しばらく別のバンドの演奏を聴いていたが、ようやく有貴のバンドの出番になる。有貴たちのバンドのメンバーはステージに上がり、楽器の調子を確認している。その時、叶亜の携帯が震えた。
『着いた。外にいる。とあどこ?』
新が店の前に到着したらしい。そのメッセージを見た叶亜は、席を立った。
「依空、新着いたみたいだから迎えに行ってくるね」
「了解」
叶亜が店の外に行くと、そこにはスーツを着た新が立っていた。首もとは少しばかり緩められ、少し息が上がっていた。急いで来たことが傍から見ても分かった。叶亜の口から出たのは、労いの言葉や新の格好について聞く言葉ではない。
「ちょうど有貴が歌い始めるところだよ」
「……! 行く」
新は小走りで案内する叶亜の後に続いて店に入る。店の中に入ると、有貴の歌が聞こえてくる。ステージ上で歌っている有貴を見て、パーティー会場でも感じた「歌いたい」という欲求が沸き上がっていた。
「間に合って良かったな」
「お、来たんだなー。ここ空いてるから座れよ」
「……」
「おい、ここ空いてんぞ?」
亜蘭の言葉にも反応がない。そんな新の視線の先には、ステージ上で歌っている有貴の姿。有貴が一曲歌い終え、MCを挟むこともなくそのまま次の曲のイントロが流れ出す。
空いた席に座りもせず、ステージを一心に見つめる新を見て、叶亜が首を傾げた。
「どうしたの?」
「俺、これありたかの家で聞いた」
「知ってる曲で良かったな」
「だから……」
そう言うと、新は何かに魅入られたようにステージに向かおうとしてしまう。バンドに関係ない人がステージに上がれば演奏が中断されるのは明白だ。
「ちょ、ちょっと。新ってば」
「おい新待てよ」
戸惑う叶亜と新を止めようとする亜蘭の様子を尻目に、依空はやはり楽しそうに笑ったままだ。
「まあまあ。大丈夫だろ」
「大丈夫ってそんな」
「おい依空勝手なこと言ってんなよ。てかお前リーダーなんだから止めろよ」
「まあ見てろって」
依空は手元のグラスを煽りながら、ステージに向かう新の様子を楽しそうに見ていた。

* * *

有貴が新の存在に気付いたのは、叶亜に連れられてホールの中に入って来たときだ。
新は「用事がある」と口にしていたが、実はここに新が来ることは少しばかり予感していた。メンバーやSeekerが今日ライブがあることを知れば、きっと新にも伝わると思ったからだ。そしてその読みは当たり――新はここに来た。
店に入ってから新がずっとこちらを見ていることは分かっていたけれど、まさかステージに向かってくるとは思いもしなかった。
こちらを見つめる新の視線と有貴の視線がぶつかる。その瞳は、ただ歌いたいと訴えていた。
(ああ、歌いたくてたまらないんだね)
有貴の顔には、自然と微笑みが浮かんでいた。いつかした話が、こんなにも早く実現するとは思っていなかったからだ。
流れるイントロをバックに、有貴はマイクに向かって話しかける。
「今日は、特別ゲストを呼んであるんだ」
店の中の客たちが、期待からかざわつく。それは依空や亜蘭、叶亜も例外ではなかった。
「Arata」
言葉と共にマイクの前から少しずれれば、新がステージに上がって、マイクに手を掛けた。
後ろにいるメンバーからは、突然のことに困惑しているのが伝わってくる。それもそうだろう、見ず知らずの人がステージに上がり込んできたのだから。それでも有貴が「続けて」と口の形だけで伝えると、メンバーはそのまま演奏を続けてくれた。
「♪~」
そして新は有貴の練習していた記憶を呼び起こして歌い始める。有貴はそのメロディーを支えるようにコーラスパートに回る。
ホールの中には、心地の良いツインヴォーカルの歌声が響き渡っていた。

ステージ上で有貴と共に歌う新を見ていた叶亜は、ぽつりと呟いた。
「……凄いね」
最初はどうなってしまうのかと思っていたが、ふたを開けてみれば、飛び入り参加だというのに違和感がなかった。あまりにも完成された演奏と歌声に、叶亜は感嘆の息を吐く。
「俺のバンドメンバーなんだから、これくらいは余裕だろー」
依空の得意げな声とは裏腹に、その横顔がどこか苛立ったように見えたのは、叶亜の気のせいじゃない。だけど、それは叶亜も同じ。自慢したいけど、それと同時に湧き上がるのは、醜い独占欲。バンドのリーダーでもある依空ならまだしも、どうして期間限定のサポートメンバーでしかない自分がそんな事を感じてしまうのか、傲慢にも程がある。呆れ果てて漏れたのは、溜息で。誤魔化す様に深呼吸をして、隣りにいる亜蘭を見た。亜蘭もまた、ステージ上の二人をなにか遠いものを見るように見つめていた。