【BACKSTAGE Story】Sweet Valentine’s Day

スタジオでの練習も終わり、丁度良い時間だったのでみんなで夕食を食べることになった。メンバー五人でスタジオ近くの馴染みの中華屋に入り、各々食べたいものを注文する。
店員が注文を復唱してから去っていくと、依空が口を開いた。
「にしても相変わらずお前ら荷物多いなー」
八人掛けのテーブルに案内され、一番奥に座った叶亜の隣の席は荷物置きにされていた。
叶亜の向かいに座った有貴は、荷物置きになった席を見ながらそうだね、と同意する。
「俺たちは持ち運べるからね。依空のドラムとは違って」
「俺のは運べないからなー。まあ最近は物によっちゃ持ち運べるんだけどー……ってそう言うことじゃねーから!」
依空の隣に座った亜蘭が、依空のノリ突っ込みに不機嫌そうに声を上げた。
「ならどういうことだよ」
「バレンタインだなーと思ってな」
「ああ、成程ね」
頷いた有貴の視線の先には、荷物置きとなった席。そう、バレンタインの今日、常よりも荷物が多かったのには理由があった。
「僕たち、大学からそのまま来たんだけど……有貴ってばどこの教室に行っても女の人に呼び止められるし」
「それは叶亜も同じなんじゃないかな」
「う……ぼ、僕の事はいいの!」
荷物置きになった席にはギターやベース、各々のバッグに加えて、様々な人から貰ったチョコレートの紙袋が積まれていた。
「で、で、みんなは今までのバレンタインはどうだったんだー?」
食い気味な依空の言葉に、分かりやすい反応を返したのは亜蘭だった。舌打ちがはっきりと聞こえる。
「んだよくだらねーこと聞きやがって。どうでもいいだろ」
「いやいや、良くないだろ。折角のバレンタインだし~?」
何が「折角の」なのかは分からなかったが、関わったら面倒だとでも思ったのか、依空の勢いに亜蘭は口を閉じた。
「どう、っていうのは?」
「んー、どんな風に過ごしてきたのかなーってさ」
「いろんな人から食べ物貰えて俺しあわせ」
「新らしいよね。すぐに想像できるもん」
「で、不機嫌そうにしてる亜蘭は?」
「……」
不機嫌そう、という言葉に返事を返さない辺り、正しいらしい。
依空の言葉に、メンバーの視線が亜蘭に向く。その興味交じりの視線から、逃げ切れないことを察して溜息を吐いた。
「別に。最終的に菓子食いまくるだけだし」
いつも通り、と言った様子の亜蘭と新に、依空は納得の表情を浮かべた。
「成程なー」
「そういう依空はどうなの?」
「んー、俺? 俺は……色んな子からオイシイの貰えてうれしいなって(※ハートマークを入れて)」
どこか含みのある表情。亜蘭や新と同じことを言っているはずなのに、どこか別のものを感じてしまうのは、それを口にしたのが依空だったからだろう。
「しばらくは貰った奴食えばいいし、それ以外も色々な。で、さっきから俯いてる叶亜はどうなんだよ」

「僕!? そうだな……気持ちは嬉しいけど、お返しをどうしようかって毎年悩むかな。女の人って色々好みがあるから……」
「相変わらず叶亜は真面目だなー」
「これが普通だよ~! 依空が雑なだけ!」

へいへい、と叶亜の言葉を流す依空を見て、叶亜はさらに「も~!」と膨れた。
そんな叶亜をスルーして、先程から静観を決め込んでいた有貴に視線が向く。
「で、一番チョコを貰ってる有貴はどうなんだよ」
「みんなと同じくらいだよ。そうだね……」
言葉と共に、有貴は紙袋を取ってもらえないかと叶亜に頼む。
「この赤い奴?」
「そう」
「はい」
有貴の言葉の真意が分からないながらも、言葉通りに紙袋を渡す。有貴は叶亜から受け取った紙袋を開け、そのまま包装も剥がしていく。ピンク色のチョコを一つ手にしたかと思うと、小首をかしげながら口を開いた。
「新、口あけてみて?」
「?」
「はい、あーん」
「あーん……」
有貴の言葉に、隣に座っていた新は口を開く。開いた口の隙間に、有貴はチョコレートを押し込んだ。新はそのままチョコレートを咀嚼する。
「……! 美味しい」
「そう言ってもらえて良かった」
有貴はほっとしたような表情を見せた。それに対して、渋い表情をしていたのは亜蘭だ。
「……貰いもん、人に食わせんのかよ」
「この話題に亜蘭が乗ってくるとは思わなかったな」
「それとこれとは関係ねえだろ」
「そっか、亜蘭はそういうの嫌いだもんね」
叶亜は一人で納得している。しかし、そんな亜蘭の表情を見てもなお有貴は面白そうに笑っていた。
「でも、これは貰い物じゃないんだ」
「……は?」
「俺が用意したものだからね」
「……」
有貴の言葉に、亜蘭は一瞬驚いた表情をしてから溜息を吐いた。有貴が新を可愛がっているのは知っていたが、ここまでだったとは。しかし有貴と新のことだから、そういうものなのか、と思わされてしまうのもまた事実だった。
「新ばっかり色々喰っててずりーよ。有貴、俺にはー?」
「どうしても、というなら」
軽い気持ちで発した言葉だったが、依空は想定外の言葉が帰ってきて驚いた。
「まじか!」
「三倍返しでなら」
「……いーよ。遠慮しとく」
「そう。依空の三倍返し、それはそれで面白そうだと思ったんだけどね」
そう呟いた有貴の言葉に依空は胸を撫で下ろしていた。
「無理にもらわなくてまじで良かった。有貴に貸し作ったら何されるか分かんないしな」
「そう、残念」
そんな一連の流れを見ていた叶亜は、有貴と新に羨ましそうな視線を送っていた。
「有貴羨ましいな……。僕も亜蘭にあーんしたいな……」
なんて呟きは、叶亜の隣に座っていた依空しか知ることが無かったのだった。
「……ブラコン」