【BACKSTAGE Story】Convenience store in the night

彼――依空からの連絡は、いつだって突然だ。思い返せば、突然じゃない時なんてなかったかも知れない。
(依空、サプライズ好きっていうか、人の驚いた顔見るの好きだから)
スタブルを結成した時も、ライブをする時も、イベントをしたいと言い出した時もそう。けれど、その気持ちが少なからず分かってしまう僕もどこかにいて。
(変なところが依空に似てきちゃったなあ)
……いい変化だと思いたい。

金曜日、少しの残業をしていつも通り帰路につこうとスマートフォンを確認すると、一件の連絡が入っていた。
内容は、「これ見たら電話くれ」。
その連絡が来た時間を確認すると、もう一時間も前のことだった。
(わ、思ったより時間たっちゃってるな……)
すぐに確認できずに申し訳ないと思いながら依空に電話を掛ければ、ツーコールで聞き馴染んだ声が聞こえてきた。後ろの音が電話越しでも聞こえてきて、案外騒がしい場所にいることが分かった。
「悪いな、いきなり」
「大丈夫だよ。でも悪いって思って言ってないでしょ」
と笑いながら問いかければ、僕の言葉にまあな〜と悪びれずに口にする。いつもと何も変わらない依空だ。
「でもすぐに電話できないでごめんね、ちょっと立て込んじゃって」
「まー仕事忙しいんだろ。この前の有貴ん家でやった飲みの時にも結構忙しいって言ってたしな」
「飲みじゃなくて花見! ……結果的に飲みになっちゃったけどね。それで、いきなり連絡してきて何かあったの?」
「あるある! 本題なんだけどさ、直近でいつ時間取れる?」
「直近かぁ。ええっと……」
頭の中のスケジュール帳を開くと、この土日は一応空いてはいるけれど……。
「ちょっと月曜までに片付けておきたい仕事があるんだよね」
「おー、次期社長ってのもなかなか大変なんだなー」
「まあ楽じゃないよね。あと、今日は平気だけどそれ以降だと……来週になっちゃうかな」
「ってことはこの後空いてるのか」
「そうだね」
明日は週末だし帰ったら少し飲もうかな、なんて考えていたところだ。
「そっか、そっか、なら都合いいわ。いやー、やっぱ俺持ってる男だなー。実は相談したいことがあるから、いますぐ来てほしくってさ」
「……今すぐ? ……都合いい?」
電話越しの依空の声があからさまに弾み出して、これは何か依空的に面白いことが起こっているのだろうと思う。と同時に、それは僕の想定外だということ。
「なあ叶亜、俺、今どこにいると思う?」
「…………」
「ヒントはなー……この音かな」
そう言うと依空は耳からスマートフォンを離して、その場の音を僕に聞かせようとしてくる。聞こえてきたのは、どこかで聞いたことのあるようなないような……なんだか馴染みのある曲、の気がする。
(僕、これ今日聞いたかも。具体的には、午後の休憩で飲み物を買いに行った時に)
そして、依空の楽しそうな声。となれば、依空のいる場所はきっと。
「コンビニでしょ」
「お、さすが叶亜。やっぱ耳いいな」
「まあ一応ね。って大事なのはそこじゃなくて! 依空、君がいるコンビニってもしかして……」
「正解〜! 叶亜の部屋から一番近いコンビニかなー」
「え、えぇ!? 今会社出たところで……急いで行くから!」
けらけらと笑う依空の声を聞きながら、僕は通話を切った。今日はたまたまメッセージが入ってから一時間で気付けたけれど、もしもっと長時間気付けなかったら、依空をずっと待たせてしまっていたんだろうか。
(……依空なら、待ちかねないかも)
僕は急いで依空がいるであろうコンビニに向かうことにした。

* * *

「ほんと、突然すぎ!」
「お、思ったより早かったんだな〜」
急いでコンビニにやってくれば、依空の姿が見つかる。本当にずっとコンビニで待っていたのかも知れない。
「……僕の家、来るつもりなんでしょ?」
「おっ、話が早くて助かるな〜」
「最初からそのつもりだったと思ってるけどさ。まあいいや、冷蔵庫の中、ほとんど空だから食べたいもの全部カゴに入れちゃって」
「了解」
実はコンビニでお弁当を買うことをあまりしたことがなくて、せっかくの機会だからと色々覗いてみることにする。
(いつもは会社の中で済ませちゃってるしなあ。結構いろいろあるものなんだな)
あれにするか、これにするか……といくつかのお弁当の中で悩んでいると、カゴを持った依空がこちらにやってくる。
「おっ、叶亜は結構悩んでる感じか」
「そうだね〜。お腹空いてるから、どれも美味しそうに見えるの! あとお弁当に限らず、誰かと一緒に食べるならその人に合わせて選ぶことが多いから、今まであまり悩まなかったんだけどね」
「ふ〜ん。それ、俺と一緒に食べるけど俺には合わせないってことか?」
「そりゃあね。依空に合わせて選ぶ必要はないでしょ」
「お兄さん悲しいわ〜。すんすん」
あからさまに悲しいです、という表情をする依空にちっとも同情の気持ちが浮かんでこないのは、日頃の行いのせいだと思う。
「そもそも僕の方が年上だから」
「いや、今は同じだろ!」
僕は激辛と書かれた麻婆豆腐のお弁当を依空の持つカゴに入れた。
「あれっ、そういえば依空はもうご飯食べたの?」
「食べてないからこれ入れてるんだって」
そう言いつつもカゴの中は、ものの見事にお酒とおつまみしか入っていない。
「飲みながら新曲のこと話してたら、腹なんてすぐにいっぱいになるだろ?」
「新曲、ね。今日の相談事ってそれ?」
「まあな。どんな曲にしようかなーとか、誰が作ろうかなーとか色々」
今日はかなりの長丁場になることが確定したけれど、これも悪くないなと思える。次の日のことを気にしないで、やりたいことに全身全霊で打ち込むこの感覚は、学生時代に味わったそれに似ている。
それが少し懐かしくて……すごく楽しい。
「うん、了解。僕もやってみたいこと、結構あるんだよ」
「んじゃそれも相談だな」
それから店内をぐるりと一周して目についた食べたいものをいくつかカゴに突っ込み、僕たちはコンビニを後にした。
「っていうか最後に買ったのなに? 知育菓子?」
「そうそう。混ぜたらもこもこになって色変わるやつと……水だけでラーメンが作れるやつだな」
お菓子なのに水だけでラーメンが作れるなんてどうにも想像できなくて、帰ってから依空によく見せてもらうことに決める。
「そういやこの前、新と亜蘭がラーメン食いに行ってたみたいだしなー。たまにこういうやつ、食べたくなるだろ?」
「そうだね、だけど今度は知育菓子じゃなくて本物のラーメンを食べに行きたいかも。……今度は僕が依空の家の近くのコンビニに行って呼び出してみようかな。少しくらい慌てた依空の顔が見れそうだし」
「いや、その予告してる時点でもうバレバレだろ。それに俺の場合、家じゃなくてバイト先の方がいる確率高いから」
「……それもそうかも」
やりたいことは、お互いにたくさんありそうで、そんな相談をできることも楽しみだった。だから、男二人で仲良くコンビニの袋を分けて持って帰ったのはきっと取るに足りない問題なんだろう。

家に着くなり冷蔵庫の中を見た依空に、「まじで何にもない……俺だってそれなりに自炊するから結構入ってるのに」なんて引かれたのはまた別の話だった。