【BACKSTAGE Story】Doodles

「よーし、ちょっと休憩な~」
「もうそんなに時間経ってたのかよ」
依空の声に、スタジオ内のみんなの集中がふっと緩むのが分かった。手元のスマホを確認すれば、練習を始めてからそれなりに時間が経っていることが分かった。一度みんなが集中すると、切れるまでがなかなか長い。心地よい疲労感が、全身を支配していた。
「……まだ歌う」
新はまだ歌っていたいようで恨めしげにマイクを見ていたけれど、今日はこの休憩の間にやりたいことがある。
「ねえ新、ラクガキしてみない?」
「ラクガキ?」
「そうそう♪ これなんだけどね」
僕は持ってきたバッグをぼんと置くと、新は首を傾げながらバッグをじっと見つめていて。ふとみんなを見れば、三人の視線もこのバッグに注がれていた。
「じゃじゃ~ん! 出来上がったばっかりなんだよ~」
僕が開けたバッグの中には、いくつものエコバッグが詰められていた。僕はそれを全て取り出して、みんなの前に広げていく。
黒に赤、紫に水色、グリーン、オレンジ……。あっという間にそれぞれの色の山が出来上がっていった。
「やけに荷物が多いと思ったらこういうわけか」
「そうそう、少しでも早くみんなの手元に届けたくってね」
まあそれは分からんでもないけど、と亜蘭は頷いてくれた。
「お~! いい感じじゃないか?」
「そうだね、細かいところまで綺麗に印刷が出ているみたいだね。ラメもどんなふうに見えるのか不安だったけれど、これなら大丈夫そうだ」
前に色の見本とデザインを見せただけだったけれど、有貴にはどんなふうに出来上がるのかがある程度予想ができていたらしかった。出来上がったばかりのエコバッグの表面を人差し指でなぞっていく。
「まあ悪くねえな」
「ね、いい感じ。カラフルで見てて楽しい」
「でしょ!」
みんなに一緒に持ってきたペンを手渡していくと、依空は手でくるくると回し始める。
「これにラクガキするの?」
「そうだよ♪ 好きに描いていってね」
「さーて、何描くかなー。なんかこう言われるとちょっと悩むよな」
いざ描いて、と言われても悩む依空の気持ちもなんとなくわかる気もする。かく言う僕も、ぱっと思い浮かばずにいる。
(バッグだし……中に入っているものといえば野菜とか描いてみる? あとはなんだろう……猫とか鹿のツノとか? でも普通すぎるかな……?)
何を描こうか悩んでいると、横にいる亜蘭はすらすらと描いていっているのが見えた。
(やっぱり亜蘭はこれって決めたら早いなあ。よーし! 僕も負けてられないよね!)
そんな亜蘭を見ながら、僕も頭の中に浮かんできたものをごりごりとエコバッグに描いていく。勢いがありすぎたからか、それとも力を入れすぎてしまったからか……。ペンからポタリとインクが垂れてしまう。
「あっ」
「どうしたの?」
隣で描いていた新が、僕の声に反応して手元を覗き込んでくる。
「ちょっと頑張りすぎてインクがにじんじゃって……」
「んー……」
新は少し唸ったかと思うと、ふっと笑って。
「ね、とあペン貸して」
「? もちろんいいけど……」
「ありがと」
僕のペンを受け取った新は、落ちたインクの周りに何本かの線を書き加えていく。それから、その横に描いたのは……ロケット? 最初は何をしているのかなと思っていたけれど、数秒もすれば新が何を描いたのかが分かった。
「これって流れ星?」
「うん。とあの落とした願いがちゃんと叶うようにって」
「……! ありがとう!」
「とあが喜んでくれてよかった」
あとで新が描いているラクガキが滲んでしまったら、僕も同じようにしてあげよう。
少しでも僕たちの楽しい気持ちが、嬉しい気持ちが受け取ってくれた人にも届きますように。
そんな願いを込めながら、僕はペンを握り直した。

* * *

(よし、これで半分、と……)
僕が自分の担当の分が半分ほど終わったタイミングで顔をあげれば、積んであるバッグの量を見て、亜蘭と新はほぼ終わりかけなことが分かった。
「そういや有貴のそれ、前々から思ってたけどなんかツボなんだよな~」
ちょうど依空も休憩のタイミングだったらしく、ペンをくるくると回しながら有貴の手元を覗き込んでいる。依空の手元のバッグは残り少し。
「それ?」
「ちょんちょんちょん、ってなってるのがなんかいいよな~」
「ちょんちょんちょん? 有貴なんのラクガキしてるの?」
依空の言葉の意味がよく分からなくて不思議に思いつつ有貴の手元を覗くと、そこには不思議な顔をしている猫がいた。ちょんちょんちょん、ってなってる目と口……確かに依空の言葉通りだ。
「確かに、これはツボに入るのは分かるかも。有貴らしくて可愛いよね♪」
有貴らしくて可愛い……かは分かんないけど、と呟いた依空を有貴が冷たい表情で見つめていた。
「前に展示会したときあっただろ?」
「HALOさんでやった時のことかな?」
「そうそう、あの時に有貴がラクガキ入れてるやつにもそれが描いてあって、妙に記憶に残ってるんだよなー」
すでにラクガキが終わっているバッグを見れば、今回有貴が入れているラクガキにも、同じような雰囲気の猫や鹿がいるようだった。
「そういう依空はどんなラクガキをしているのかな?」
「俺は……まあいい感じに?」
「いい感じって……」
依空が描いたラクガキを見ると、ドラムにタバコ、それからお酒のビンにバイクが描かれていた。ラクガキのチョイスがあまりに依空らしくて、思わず笑ってしまう。
「依空らしいのがよく分かったよ。で、叶亜はどうなのかな?」
「えーっと、僕はですね……野菜とか?」
「はあ?」
「ほら、エコバッグって言うしお買い物の時にきっと使うでしょ? そうなったら買った野菜とか入れるのかなって」
「……そういう人も一定数いるだろうね」
「……だなー」
「えっ!? えっ!? そ、そんなことないよね!? 二人もそう思うよね!?」
新や亜蘭から同意を得ようと二人の方を見れば、どこからともなくうっすらと鼻歌が聞こえてくる。この中で鼻歌を歌う人なんて一人しかいなくて。
「♪~」
ペンを握って楽しそうにラクガキをしている新が歌っていたのは、明日レコーディング予定の、有貴が作った曲だった。先ほどまで練習で聞いていたときの雰囲気と鼻歌での雰囲気は違っていたけれど、これはこれですごく良いと思える。
「鼻歌は鼻歌でありだな」
新の鼻歌を横で聞いていた亜蘭もいつの間にか聞き入っていたらしく、穏やかな表情で新を見ていた。
「うん! いい曲だね……」
「まあな」
曲は作った人たちの想いや伝えたいことの塊だ。だからこの曲は有貴の想いや伝えたいことがたくさん詰まっているはずで。
(そっか、有貴がこんな想いを……。新しい扉を開けたのかな?)
僕は有貴がこの曲に載せたものを感じながら、新の鼻歌に耳を澄ませた。

やがて鼻歌を歌うのも満足したのか、首を傾げながら「俺終わったけどみんな終わったの?」と問いかけてくる。
「当たり前だろ」
自信満々に答えた亜蘭の描いたラクガキを、新がじっと見つめた。
「ラクガキ、ちょっと少ない」
「これで充分だろ」
「ラーメン書かないの?」
「なんでいきなりラーメンなんだよ。スタブルとは関係ないだろ」
「関係あるよ。好きだから」
「……好きだから、ってお前なあ」
確かに新の言葉通り、亜蘭らしくてシンプルで……少し寂しいかも知れない。だからもう少しラクガキがあった方がいいのかも知れない。
「亜蘭、もう少しラクガキ入れてみない? その方が僕たちの気持ちも伝わるんじゃないかな?」
「……」
「どうかな? ね?」
亜蘭は大きなため息を吐いたかと思うと、手放していたペンをもう一度手にしてくれた。
「……分かった、分かったっての。だけど飲み代おごりな」
「うん! うん! 亜蘭と飲みにまで行けるなんて嬉しい!! よ~し! 僕ももうちょっとラクガキしようかな! 亜蘭と飲みに行けて嬉しい気持ちを込めて!」
次のラクガキは亜蘭の可愛さを描いたらいいかな? なんて呟きながらペンを握ると、横からは呆れつつも笑っている雰囲気がした。
「ぜっっっっっったいやめろよ。描くんじゃねえからな」
「でも亜蘭の可愛さをみんなに伝えたいよ!」
「いいからやめろ! そういうのはここで言うだけで充分だっての! 終わったらさっさと練習するんだろ!」
「はーい♪」

そのあとの練習はとびきり集中してあっという間に終わり、みんなで意気揚々と飲み屋に向かったのは言うまでもない。