【BACKSTAGE Story】cherry blossom

 今年の桜は、ずいぶんとせっかちだ。
 まだ三月だというのにすでに咲き始めている桜の花を見上げながら、俺はぼんやりとそう思う。
(あ……いいこと思いついた)
 見上げているうちに思いついた名案が頭から消えてしまわないうちに、俺はスマホを取り出してメッセージアプリを開いた。

「花見したい」

 それだけを打って送信すれば、どんどん既読の数が増えていく。やがてOKという意味合いの、様々なスタンプが送られてくるのを見て俺の顔は自然と緩んでいた。

 それから数日後の夜。
「おじゃましまーす!」
「邪魔する」
「いやー、本当に久々のスタブル集合だよな!」
 がやがやとにぎやかになった玄関へ向かえば、そこにはとあとあらんといそらの姿。
「いらっしゃい」
「新、久しぶりだねー! 元気してた?」
「うん、とあも元気そうでよかった。あらんもおひさ」
「おー。あ、これ。俺と叶亜でワイン買ってきた」
「俺もちゃんとビール買ってきたぞー! てか、あーらーたー! 久々に会った俺には何もないのかよ!」
「イソラさんはいつも元気だから、別に心配してない」
「ひどい!!」
 いつもの空気で、いつものやりとりをしてから、俺は三人をリビングまで連れて行く。やっぱり、今年も外で花見をするのは難しいから今年もありたかの家での花見。だけど、そのテーブルの中央には、花瓶に飾られた桜の枝がある。
「桜の花、新が用意したの?」
 真っ先に気がついたとあが、そう声を掛けてくれる。
「ん。花屋で買ってきた」
「ふーん、いいんじゃねぇの。やっぱり、花見なら花がないとな」
「そうそう! 花を見ながら飲む酒はうまいもんなー!」
「依空は花を見なくても、美味しく酒が飲めるでしょ。でも、楽しみだな。僕も亜蘭も年度末でヘトヘトでさー。今日はいっぱい飲むぞー!」
「俺も俺も! バイトで飲めてなかった分飲むぞー!」
 みんな大変そう。みんなの近況を聞きながら、おれは心の中でそう思う。みんな、音楽が大好きだけど、音楽だけをやっているわけにはいかない。それぞれ、この大変な社会の中で働いて、大好きなことも手放さずにいる。それはとても凄いことなんだと、今なら分かる。
「新。料理できたから、運ぶの手伝ってくれる?」
 台所からありたかに声を掛けられ、俺はすぐに立ち上がる。いつの間にか、美味しそうな匂いがこっちの部屋にまで漂っていた。

 久しぶりの四人でも乾杯をして、各々料理に手を付け始める。だけど、俺は料理に足を伸ばすことなく、三人の方を見る。
「今日は、俺から報告があります」
 そう宣言すれば、三人の視線が一気にこちらへと集まる。
「俺、先日大学を無事に卒業して、この春から社会人になる。就職先は親の会社」
 淡々と告げる俺の声に、みんなは黙って耳を傾けてくれる。
 ずっと、自分の進路について考えていた。やっぱり、何かに縛られるのは苦手だし、それなら家から逃げて歌だけを選びたいと思ったこともあった。だけど、ちゃんと家から逃げずに働いて、だけど大好きな音楽を諦めずに続けている叶亜や亜蘭を見ているうちに俺の考えも変わっていった。俺も、頑張れるだけ頑張ってみようと。
「でも、スタブルのヴォーカルはやめない。ずっと俺。なので、これからもよろしくお願いします」
 俺が深々と頭を下げると、部屋の中にパチパチと拍手が響いた。そっと、俺が顔をあげると、とあ達が笑顔でこちらを見ていた。
「新、卒業おめでとう。そして、就職おめでとう。これは僕たちからのプレゼント」
 そういって、とあが渡してくれたのは小さな包み。俺が開けてもいい?と聞けば、大きく頷いてくれた。
「あ、これ」
 包みの中に入っていたのは、革製の名刺入れだった。よく見れば、内側にはスタブルのロゴが入っている。
「鹿革の名刺入れだよ。僕たちのロゴもちゃんと入れて貰ったんだ」
「これから社会人なら、必要になるだろ」
「……しかのかわ……とあ、丸裸にされちゃった?」
「いやん、えっち。……って、そうじゃないよー!」
「ちがうんだ。でも、ありがとう。大切につかうね」
 そうお礼を言った瞬間、いそらが「あっ」と声をあげた。
「今の新の笑顔、すげー綺麗だった! 桜の花みたいでさ!」
「イソラさんきもちわるい」
「なんで! 褒めてるじゃん!」
「したごころ感じた」
 そう言いつつも、本当はそう褒めて貰えることは満更じゃないと思える自分もいて、何だか不思議な気分だった。
「そうだ。Seekerも報告する」
「うん、それがいいよ! 僕も最近つぶやけてないからなあ。今度時間を取ってゆっくりお話ししたいな!」
 とあに後押しされて、俺は久しぶりにSNSの投稿画面を開く。Seekerは優しいから、俺が迷っていることを心配してくれるし、何だって許してくれる。だから、俺の気持ちが決まるまであえて見ないようにしていた。
 でも、もう大丈夫だから。
「結局、お前ら酒ばっかり飲んで花見してねえじゃん」
 俺が投稿としている間に、亜蘭がそう言っているのが聞こえる。
「いや、見てるよ! しっかりと見てる! ね、依空!」
「ああ、見てみてる! いやー、やっぱり桜って綺麗だなー!」
 その言葉で慌てて花を見始めるいそらととあがおかしくて、俺は思わず画面から目を離して笑ってしまう。
 すると、ありたがが花瓶の前にケーキをおいた。桜色のクリームで飾られたケーキの上には、俺の名前が書かれている。
「新の卒業祝いと就職祝いだよ。今、切り分けるから待ってて」
 その瞬間、とあもいそらも、そしてあらんも、花ではなくケーキの方に視線が釘付けになった。
「……うちは、やっぱり花より団子みたいだね」
 ありたかがそう言うのを聞いて、俺はまた小さく笑うのだった。