【BACKSTAGE Story】break and make

 新とオレ、二人だけの練習のあとラーメンを食いに行くのは、何だかんだいつものことになりつつあった。もちろん、他に予定があればすぐに解散するし、ラーメンじゃないものを食べるときもあるが、だいたいはラーメンになった。
 ラーメン屋のカウンターで二人並んで座り、水を持ってきた店員に注文する。オレはとんこつ、新はチャーシューメンを頼み、待っている間に話は自然にスタブルの新曲の話になった。
 今、スタブルは平行して新曲を三曲作っている。そのうちの二曲は依空が作っていたのだが、いろいろ事情があって外から依頼された方の曲は有貴が引き継ぐことになった。だから今は有貴、依空、オレの三人でそれぞれ動いている。
  新の忖度のない意見も聞こうと思い、オレが今作っている曲がどんな感じなのかを話していると、注文していたラーメンがきた。
 だが、いつもならば話を中断してすぐさまラーメンに飛びつくはずの新が一向に箸を持とうとせず、どこかぼんやりとしている
「おい、早く食わねぇと伸びるぞ」
「あらん、さっきの曲の歌詞、とあに書いて貰うの?」
「……いや。アイツ、今仕事忙しそうだからな、どうするかは考え中。最悪自分でやる」
 年末が近くなり、会社でもそれなりの地位である叶亜はますます忙しくなる。まだ歌詞の経験は浅いが、依空だっていつも一人で作曲と歌詞を作っているのだから、オレだってやってやれないことはないはずだ。
「あらん」
「なんだよ」
「あらんの曲の歌詞、俺が書いてみたい」
 新のその唐突な言葉に、オレは思わず啜っていた麺が喉に詰まりそうになった。
「あらん、大丈夫?」
 盛大にむせているオレに、新が涼しい顔で水の入ったカップを差し出す。誰のせいでこんな事になっているのだと内心思いながらも、オレは差し出された水を飲み干した。
「いや、何だよ急に」
「んー、なんとなく。やりたいと思ったから」
 気のない返答を返しながら、新はようやくチャーシューメンに手を付け始める。「なんとなく」は新の常套句であったが、最近の新の「なんとなく」は感覚だけで言っているわけではないと、オレも分かっていた。
「前にオレの歌詞書くって話してたときは、叶亜に投げたくせに」
「そんなこともあったね。でも、アレは結果的に叶亜の方がよかったってあらんも思ってるでしょ」
「まぁな。でも、今度はそう言うのはなしで、お前が責任もって最後まで書くなら……よろしく頼むわ」
「ん、まかされた」
 オレの依頼に軽い返事を返した後、新は何事もなかったかのようにラーメンを啜る。
 正直に言えば、新は有貴の曲以外に歌詞をつける気はないと思っていた。実際、有貴の優しくも洗練された曲調と、新の誰かの傷に寄り添うような歌詞は非常に相性が良かった。
 だけど、自分の作った曲に、有貴の曲とは違うまた違った新の一面が乗るのだと思うと、それはそれで悪くはない。今の新がどんな歌詞を書くのかという期待を膨らませながら、オレは伸びかけのラーメンを思いっきり啜った。

 それから、数週間後。
 何かにつけて飲みに行ったり、ラーメンを食いに行ったりして、一緒に居る時間を増やしオレと新は着実に曲の内容を詰めていった。その過程で、他のメンバーに「秘密会議してる」とからかわれることもあったが、あえて流した。
 そうやってイメージをまとめて出来た最初のデモを、まず最初に新に聞かせる。イヤホンを耳にした瞬間、いつもなら分かりにくい新の表情がすぐに変わったのが分かった。感情を弾ませるように、無意識にメロディを口ずさむ新の様子を見て、オレは確かな手応えを感じたのだった。
 そこから、新の意見を貰って微調整したものをメンバーに聴かせて、そこから貰った意見を取り入れる。そして、最終調整したデモは今日、新の手元へ渡った。

* * *

 と言うわけで、今夜のオレと新はラーメン屋でも居酒屋ではなく、洒落たイタリアンレストランにいた。珍しく、新が選んだ店だ。
 曲の内容やイメージについてはこの数週間、新と納得いくまで煮詰めてきたのだから今更心配はしていない。だから、今夜は曲の打ち合わせというよりは、思う存分美味いものを食べることがメインの前祝いに近いかもしれない。
「新、何食いたい?」
 メニュー表をぱらぱらとめくりながら、オレは向かいに座った新に声を掛ける。
「この店は魚介料理が美味しい。ピザもパスタも」
「ああ、お前来たことあるんだっけ?」
「うん。ここのオーナーと両親が知り合い。だから、たまに来る」
「あー……なるほどな。じゃあ、ピザとパスタは魚介系のやつにして……前菜にカルパッチョも頼むか」
「カルパッチョなら白身魚のやつ食べたい。あ、ワインは俺が選んでいい?」
「おー、適当に頼む」
 飲みに行くときもそうだが、新もオレもそのとき食いたいモノがはっきりしているので、即座に注文が決まる。妙に波長が合う、というやつだろうか。
 先に運ばれてきたワイングラスで新と乾杯し、口にする。有貴の家や実家で舌が肥えている新が選んだだけあって、最近飲んだ中で一番美味いワインだった。
「曲、他のメンバーにもいいかんじって言ってもらえたね」
 ワイングラスから口を離して、新が微笑みながらそう言う。
「まぁ、今回は自信あったしな。でも、流石にシカはベタ褒めしすぎだろ」
 デモを聞いてからすぐに「最高! 早く完成したのが聞きたい!」とはしゃいでる叶亜の姿を思い出して、オレは気恥ずかしいような苦いようなそんな気持ちになる。
「とあ、あらんの曲大好きだもんね。俺が作詞するっていったら、もっと喜んでくれたのは、ちょっと意外だった。ずるいって言われるって思ってた」
「アイツ、新には絶対怒ったりしないからな。まぁ、でも依空や有貴の方も順調そうだったな」
「ありたかの曲も、いそらの曲もいいかんじ。三曲とも、歌うの楽しみ」
 そんなことを話していると、ウエイターが俺たちの前に次々と料理を運んでくる。新とシェアしつつ、オレは運ばれた料理に手を付けた。新鮮な白身魚のカルパッチョも、カニの身が入ったクリームパスタも、貝やエビが乗ったピザもどれも美味い。
 今度、忙しそうな叶亜を労いがてら、ここで夕飯をとるのも良いかもしれない。
「そういや、さ」
 美味い料理を楽しみつつ、オレはこの際だから前から気になっていることを口にしてみる。
「なに?」
「お前、有貴となんかあったのか?」
 オレの問いかけに、新は白身魚を刺したフォークを口元で制止させたまま、心底驚いたように目を丸くする。
「なんで?」
「いや、今までお前らほぼ一緒に住んでるみたいなもんだっただろ。でも、最近になってお前は実家に帰っているみたいだし」
 今年の春くらいから、新は家に帰るのが面倒だとか理由を付けて、とうとう入り浸っていた有貴の家で暮らし始めた。だが、最近になって新は有貴の家ではなく、打ち合わせの後もまっすぐ自分の家に帰っている。
 新は「ああ」と合点がいったように息を漏らした。
「ありたかと何かあったわけじゃないよ。ただ……進路のこととかで、実家に戻る必要があって」
 珍しく言葉を濁しながら、新は手元のワイングラスを一気に煽った。
「……そうか」
 そんな新の様子を見て、オレはそれ以上の詮索をやめる。これ以上オレが何を聞いたところで、新は何も言わないだろう。悩んでいるならば相談に乗ってやりたいとも思うが、新が助けを求めない限り、それはオレの押しつけにすぎない。前に一度、それで少し新と拗れたことがあったので身に染みている。
 今のオレに出来ることは、新が何を選択するのかを待つことだけだ。それがひどく歯がゆく思うが、こればかりは仕方がない。
「あらん、ありがとう」
 オレがピザをほおばっていると、そんな声が向かい側から聞こえた。
「何がだよ」
「俺の中で溢れるほど伝えたい思いがあっても、俺は曲がないと伝えられない。だけど、あらんは俺にその手段をくれた」
 だから、ありがとうと微笑む新は、いつもよりも随分大人びて見えた。
「礼なんて要らねえよ。オレも伝えてえもん伝えてもらうんだ。だから、そこんところ忘れんなよ」
 オレはそう言いながら、パスタの中にフォークを潜らせて、くるくると巻く。新はオレの曲を、オレは新の歌詞を手段にして、伝えたいことを一つの曲にする。ただ、それだけの話だ。
 新はそんなオレを見ながら嬉しそうに笑っている。
「がってん承知です、あらん親分」
「お前、毎回どこでそんな言葉覚えてくるんだよ」
 そうツッコミを入れながら、気がつけばオレも笑っていた。

 曲を作るということは、自分との戦いだとオレは思っている。これでいいのか、悪いのかを暗闇で手探りして、不安と戸惑いの中で作ったり壊したりを繰り返していた。
 今日から、新がそれをするのだろう。一人ぼっちの暗闇の中で、もがくように何度も破壊と再生を繰り返された新の言葉。歌詞となったそれを、早く聞いてみたい。自分の作った曲の旋律を思い出しながら、オレはそんなことを思った。