【BACKSTAGE Story】ほしのかたちのおかし

星波島で冬に行われる祭り――星祭り。

日本で一番綺麗に星が見れる夜として、島内の人々だけではなく、様々な土地の客が訪れる。今年はそれに加えて、インディーズバンド『starlit blue topia』がゲストとしてライブを開催することになった。
おかげで島民が普段以上に張り切る中、メンバーは、当日の昼から設置されたステージで最終リハを行っていた。
「お疲れ様でーす」
依空を筆頭に、ステージ裏に作られた簡易楽屋に戻ってきた彼らの前には、数時間前には見られなかったものが置いてある。それに一番目を輝かせたのは、新だ。
「おやつ……!」
そそくさとそちらに向かってしまうが、寸でのところで依空に首根っこを掴まれてしまう。当然新は、唇を尖らせ不満げな顔で振り返るが、完全無視。
「これ、誰の?」
一番最初に反応したのは、今回のライブを裏で仕切っている星波島観光協会の女性だった。衣装の準備をしていた彼女は手を止めて振り返り、柔らかな微笑を浮かべる。
「さっき、写真部のみんなが届けに来てくれたんです。あとジュースを持ってくると言ってたので、そろそろ戻ってくるはずですけど……」
 言い終わらないうちに、写真部の面々が楽屋に顔を出した。
「リハ終わったんだ? お疲れー」
理音は気軽な調子で挨拶し、入り口付近で突っ立ったままのメンバーより先にパイプイスへ腰を下ろした。他のメンバー……特に幼なじみ三人はファンであるスタブルメンバーを前に、緊張して動けないでいる。
 それには目をくれず、依空は理音に向かって「これ」と指差した。だが問われた方は「面倒だ」とでも言いたげな顔で昴の方を顎でしゃくって示す。そんな態度を取られても特に気にすることなく、依空は昴の方を見た。
「これ、君たちが持ってきてくれたって?」
「あ、はい。そうです。なにが好きかわかんなかったので、甘いのとしょっぱいのとっていろいろ買っておきました」
「ありがとな。嬉しいよ。特にうちのヴォーカル様が、大喜びだ」
その新はというと、お菓子の前で大人しく「待て」をしている。だが、早く食べたくて仕方がないようで、誰が見てもソワソワしているのが見て取れた。仕方ないと苦笑しながら、依空は「食べていいぞ」と許可を出す。すると新は見えない尻尾をバタバタと振って、お菓子の入った袋へ飛びついた。
ビニール袋の中にはかなりたくさんのお菓子が入っていた。新が最初に手をつけたのは、チョコレートがかかったクッキー。その横で亜蘭も顔を覗かせ、ポテトチップスをひょいと掴み上げる。それを手に近くのパイプイスに座ると、お礼も言わずに袋を開け、なんのためらいもなく手を突っ込んで食べ始めた。
一方、依空と有貴は写真部の面々からジュースを受け取って、今日のライブについて、演出などの最終確認を始めてしまう。叶亜も時々その話に混ざって、頷いていた。

こうなると、理音を除いた写真部の面々は居場所を失ってしまう。「帰るか?」とヒソヒソ声で昴や波智が話す声が、有貴の耳に届いた。ゆっくりと顔をそちらへ向け、口元にだけ笑みを浮かべる。
「せっかくだし、君たちもお菓子、食べない?」
「いや、でもそれはみなさんへの差し入れなんで……」
「差し入れた本人が食べちゃダメ、なんて決まりはないよ。それに、俺たちじゃ食べきれないだろうしね」
昴は戸惑いながら、他の写真部メンバーを見回した。最後に顧問である夕月へ、伺いを立てるような視線を送る。それを察してくれたようで、顧問は優しい顔のままで頷いた。それにほっと胸を撫で下ろし「じゃあ」と遠慮がちにだが中へ入った。

「有貴、これ、面白い」
みんながお菓子の袋を開ける音が響く中、新が二個目のお菓子を手に、有貴のそばへ寄ってきた。それはピンク色の袋に入ったチョコレート菓子。あの有名なお菓子の、チョコレート部分だけの商品らしく、新は目を輝かせていた。
「新が好きそうなお菓子だね」
「ん。有貴も食べよ」
「そうだね、いただこうかな」
頷いた新が、袋を開ける。そこにはピンク色の小さなチョコレートが10個ほどプラスチックのケースに並べられていた。透明なフタを開けてさっそくひとつ取り出し、口に放り込む。
「ん……あの味そのまま」
「あの味って?」
「有貴、知らないの?」
 あまり感情を顔に出さない新が、珍しく驚いている……ように、新を知っている者には見えた。当然、新をよく知らない者には変化なんて読み取れないが、今はそれ以上に気になることがあった。
「え、あのお菓子知らないとか……嘘だろ?」
「僕が小さい頃からあるお菓子だから、見たことないはずないんだけどなあ?」
「世間知らず?」
「こら、星真、失礼なこと言ったらダメだろ」
写真部の面々は、有貴の言葉に驚きを隠せず、ヒソヒソと話している。その声は聞こえているものの、有貴は特に気にせず新の食べているお菓子のパッケージを観察し始めた。いつも優しげな表情が、今はわずかだが珍しそうにしている。
「有貴さん! もしかして、これも知らない? ……デスカ?」
波智が自分の持っていたお菓子を差し出してきた。長さ10センチほどの小さなそれは、パッケージにニ頭身のキャラクターが描かれている。その上には『サラミ味』と書かれてあった。
「ねえ、有貴。これも食べたことないかな?」
今度は叶亜が、緑色のパッケージにカエルのイラストが描かれたスナック菓子を振って見せる。
「あ、じゃあ……これはどうですか? 美味しいですよ」
写真部唯一の女の子である彼女も、ワクワクした様子でキャラメル味のコーンスナックを差し出す。
「なんだよ。有貴に供えモンでもしてんのか? ほらよ、これもやる」
亜蘭は面白がって、食べかけのポテトチップスを渡した。
「お供え物! ははははは! 確かにな! じゃあ俺も、有貴様になんか渡すかー。お、これとかどうだ?」
完全にノリで、依空はピーナッツにチョコレートがコーティングされたお菓子を手渡す。
両手いっぱいの山盛りお菓子。その上に、新と星真が同時にポン、と乗せたのは――

「これ、おすすめ」
「すぶたの名前と同じ」

星の形をしたチョコレートと、砂糖菓子。
それをしばらく見つめていた有貴の顔に、ふわりとした笑みが浮かび、青空の音のような笑い声がこぼれた。