【BACKSTAGE Story】Smile table

朝、目が覚めて最初に視界に映ったのは、なんとも間抜けないそらの寝顔だった。
ぐわ~ごわ~なんて、漫画みたいな擬音が聞こえてきそうで、ちょっと笑っちゃう。
(だけど……)
俺のお腹の上にまで伸ばされた腕は邪魔だ。
伸ばされた腕をつまんでゆっくりと持ち上げると、ぽいっといそらの方に戻す。
でも、すぐにその腕は俺のお腹の上に戻ってきて……。
「……」
むくりと起き上がって、お腹の上の腕を今度は力いっぱいいそらの方に投げて、もう起こしちゃってもいいやという気持ちで、いそらの身体をぐぐぐっと押した。
「んにゃ~むぅ……」
よくわからない寝言を言いながら、ちょっと嬉しそうな寝顔に変わったのがなんだかイラっとしたけど、一応はどかすことに成功したからよしとしよう。
近くにあったスマホのアプリを起動し、Seekerに今あったことを言うと少しすっきりして、やっと目が覚めた。
ありたかの寝室には俺といそら以外誰もいないけど、遠くから楽しそうな声が聞こえてきたから3人は起きているみたい。
どうやら俺たちは寝坊組らしい。
最後のひとりにならなくてよかったと思いながら、よたよたする足でリビングに向かうと賑やかな声が俺を迎えた。
「おはよう、新。よく眠れたかな」
「起きたのか。はよーさん」
「寝ぐせついちゃってるよ。おはよう、新」
「おはよう」
スクランブルエッグとサラダ、ホットサンドにコーヒーを囲んでいた3人はそれぞれ俺に声を掛けてくる。
いつもとは違う賑やかな朝。ちょっとこそばゆい。
「新の分を準備しておくから、歯を磨いておいで」
「ん」
「ついでに寝ぐせもな。ぼさぼさで笑える」
「あらんも変になってるよ。てっぺんの髪」
「マジかよ」
「嘘」
「はあ!? なんだよ!」
あらんの文句から逃げるようにリビングを後にし、ハミガキをしに行く。
ありたかの家にはメンバーの分のハブラシが置いてある。
どれもありたかが用意してくれたもので、俺のハブラシの色は黒。
前になんで黒なのか聞いたら、ありたかはくすくす笑って「黒猫っぽいって思ったんだ」と言っていた。
とあのはオレンジ、あらんのはブルー、いそらのはなぜかピンク、ありたかのはシンプルにホワイトで、それぞれハブラシの色に合わせてコップも用意されている。
用意されている自分のそれらを手に取り、しゃこしゃこと歯を磨くと口の中があっという間に泡でいっぱいになって、ちょっと苦しい。
前に偶然見つけたしまった仕舞われたままのハブラシとコップの使い道は聞いていない。
ありたかにはありたかの生活があって人間関係がある。
何を話すか、何を話さないか選べるから、今の関係が成り立っているし、俺に選択肢があるように、ありたかにもある。
それはありたかだけじゃなくて、みんなにも。
歯を磨き終えて、口をゆすぐと1日が始まったような気持ちになるのは長年の生活習慣が作り上げた幻想なのかもしれない。
(おなか空いた……)
素直過ぎるくらい素直な俺のお腹をさすりながら、美味しそうな匂いに道案内をしてもらってリビングに向かう。
窓の外を見るとどんより暗く、雨がしとしとと降っていた。
今夜は台風がくる。
1日中家に籠っていないといけないはずなのに、ちょっとだけわくわくしているのは、ここがありたかの家で、みんながいるからなのかな。
(あ……寝ぐせ直すの忘れちゃった)
今さら戻るのも億劫で、そのままリビングに戻ると、真っ先にあらんが俺を見つけて髪をわしゃわしゃしてくる。
「ちょっと何、わ……」
「お前のことだからどうせ何もしないで戻ってくると思ったら案の定だ。だーかーらー」
さっきより力強くわしゃわしゃしてくる。
「直してやってんだよ」
「頼んでなーいー」
「はははっ、オレの忠告を聞かなかったお前が悪い」
「あらんのバカ」
「ん。これでよし。少しはマシになっただろ」
「え」
「直してやったんだよ。感謝しろよ?」
俺には兄弟はいないけど、もしいたらこんな感じなのかな。
あらんも今俺にしたようにとあにしてもらったから、誰かにしてあげられるのかな。
優しさや思いやりは、伝染する。
俺が今もらった優しさも、伝染してきたのかもしれない。
もうちょっと丁寧に伝染してくれたらよかったのに。
「……嫌がらせかと思った」
「お前、オレを何だと思ってんだよ」
「あらん」
「はいはい、正解、正解。ほら、メシ食え。有貴が用意してくれてるぞ」
「ん」
あらんの隣に座ると、目の前に座っていたとあが嬉しそうに俺たちを見ていた。
「とあ。にこにこしてる」
「ん~、なんだか亜蘭が新のお兄ちゃんみたいに見えて微笑ましいな~って」
「っ、バ、バカ言ってんじゃねえよ。くだらねー」
本当は、俺もちょっとだけ考えていたとは言わないでおく。
「あらんが兄だったら口うるさそう」
「お前がしっかりしてねえからだろ」
「ほら、うるさい」
「うっ……」
「あらんよりとあがいい」
「え、僕?」
「ダメだ。お前もこいつも手がかかるんだ。ダメダメの兄弟になるだろ」
「楽しそうだよ。だめだめの兄弟。ね、とあ?」
「えー僕はしっかりしてるよ~」
「してねえ!!」
あらんはとあをとられたくないのか必死だ。
心配しなくても、大丈夫なのにね。
あらんに一方的になじられながら、それでも嬉しそうなとあをありたかの影が遮った。
「お待たせ、新。はい、召し上がれ」
「ありがとう」
俺の前に並べられたのは、あつあつのホットサンドとスクランブルエッグにサラダ、シャインマスカット4粒とオレンジジュース。
「いただきます」
ありたかが作ってくれたごはんは美味しい。
ごはんなんて何を食べても誰と食べても同じだと思っていたけど、そうじゃないことを教えてくれたのは、多分……。
「どう? 美味しい?」
「ん。美味しい」
「それは、良かった」
ありたかは嬉しそうに微笑んで、キッチンに戻っていった。
「てか、あいつまだ寝てんのか?」
「昨日、遅かったからね。それにバイトがあったし」
「それもそっか」
もぐもぐと朝ごはんを食べていると、あらんがじーっと俺を見てくる。
「なに?」
「ん、いや。綺麗な食べ方するなって。前から思ってたけどさ」
「新は、食器の使い方が丁寧で美しいよね」
「そうかな」
「そうだよ。たまに見惚れちゃうもん」
「あらんととあも同じだよ」
「そうか?」
「そうかな?」
表情と聞き返し方が同じで、ふたりはやっぱり兄弟なんだってわかっておかしくなる。
ふたりも同じことを思ったみたいで、照れくさそうに笑っていた。
誰かと食卓を囲むのは好きじゃなかった。
上辺だけの会話に、用意していた台詞、顔にはべったりと貼り付けた作り笑顔。
何を食べても美味しく感じないなら、一人で食べた方がずっと気が楽で、お腹が空いたと感じても面倒で食べなかった事もある。
生きていくための栄養がとれれば十分だと思ってたけど、そうじゃなかったんだね。
「そんなにうまいか? 珍しくニコニコしてんじゃねえか」
「あらんの顔が面白いから」
「はあ!?」
「可愛いからの間違いじゃないかな!?」
「お前はうるせえ」
「うっ……」
「今朝は、賑やかな食卓だね」
ありたかも戻ってきて、とあの隣に座る。
「依空がいたらもっと賑やかになるんじゃない?」
「あいつの場合、賑やかっていうより騒がしいだけだろ」
「ふふっ、そうだね。でも、いないといないでさみしくない?」
「さみしいってほどではないけど、まあな。んで、まだ寝てんのか?」
「あらん、いそら大好き」
「は?」
「そうなの、亜蘭!?」
「だーかーらーお前はいちいちうるせえ!」
特に意味のある会話じゃないけど、それが楽しい。
シャインマスカットを一粒口の中にほうりこむと、甘い味が広がって、まるで今のこの空間みたいだと思った。
ごはんを食べおわったら、4人で今日の予定を話し合った。
ホラー映画を見て、カードゲームをするみたいだから、退屈する時間はなさそう。
(でも……)
映画は眠くなるかもと思っていると、廊下からぺたぺたと足音が聞こえてきた。
「ふわぁ~おはよう~」
「あ、いそらだ」
「いそらだよ♡なんで、起こしてくれなかったんだよ~。起きたらひとりでさみしかったんだぞ~」
「いつまでも寝てる方が悪いだろ」
「朝から亜蘭くんが冷たぁい~新、慰めて~」
のんきにあくびをしながらいそらが起きてきて、また一層騒がしくなる。
「じゃま」
「ひぃ!! 冷たい!! 亜蘭以上に冷たい!! 有貴、叶亜、今の聞いたか!?」
「朝からテンションが高いね、依空。まだ酔っぱらってるの?」
「聞いたよ。ほら、朝ごはん準備するから歯を磨いておいで」
「へーへー」
しょんぼりとしたいそらの後姿を見ながら、戻ってきたら少しは優しくしてもいいかなって思った。
外はどんより暗くて、雨が絶え間なく降っている。
それなのに、この部屋は明るくて、会話と笑いが絶えない。
これから雨が強くなって風も強くなっていくけど、みんなといれば、不安は笑顔になってしまうのかもしれないね。